ヒーローとの出会い

「世界は優しくないけれど」のスコッチ生存if

私にはずっと会ってみたい人がいた。
彼は私を助けてくれたスコッチの親友で、私のヒーローのような人だった。

彼の名前はーー
「……ゼロ?」

バイト先のレストランのバックルームで不意に視界に入ったのは金色の髪。染髪が認められていないこの店には珍しい色が視界に入り、つい目で追ってしまう。
ちらりと見えた横顔に無意識に言葉がこぼれおちた。

彼が一瞬こちらを見た。目線が混じり合った気がしたが、すぐにそらされて彼はどこかへ行ってしまった。

「あれが、噂の新人、安室さんよ、どう?かっこよくない?」
「うん…そうだね」
同僚の言葉が遠く感じた。
彼は安室?顔が本当にゼロにそっくりだった。何度もスコッチに見せてもらったゼロの写真に。
バイトが終わったらスコッチに確認しようと意気込み、安室さんに会わないように気をつけてバイトに専念することにした。


閉店後の更衣室はいつも以上に盛り上がっていた。
店で起こった事件を新人の安室透と、かの有名な毛利小五郎が解決したから。
盛り上がるみんなを尻目に私はそっと更衣室を出る。
安室透とゼロの関係性について早く知りたい。
スマホの電源を入れると、1件のメッセージが入っていた。
『きょう、飲みに行かないか?』
受信は10分ほど前になっていた。

慌てて折り返しをすると案外相手の男はすぐに電話に出た。
『きょうはバイトだったんだろ?お疲れさま。どうだ、今から飲みに来ないか?』
『そんなことより聞きたいことがあるの!』
『それについても答えてやるから、従業員入口に来いよ』
従業員入り口で待っていたスコッチの車に乗り込み、彼が働いているバーに連れてこられた。

誰もいない店内を一瞥してからカウンター席に腰掛ける。
「聞きたいことなんだけど」
「まあ、もうちょっと待てって。何か飲むか?」
「甘いのが飲みたい」

数分とたたない内に出されたのはカクテルグラスに入ったオレンジ色のお酒とチーズ。
「…ん。飲みやすい」
「そりゃよかった」
「ところでこのお酒の名前って」

そのときだった。
ドアベルが来客を告げる。
「表の看板、オープンになったままだったぞ」
その声は、少し前まで自分のバイト先で聞いていたものだった。

「大体急に呼び出して……」
そこで初めて彼は私の存在に気づいたらしくわずかに目を見開く。しかし、さすがと言うべきか、すぐに人当たりのよい笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。
「お疲れ様です」

「お疲れ様…です。……安室さん……?」
戸惑いがちにスコッチを見ると左手で口許を押さえて笑いを堪えているようだった。
安室さんもそれに気づいたのだろう。スコッチを見る目が鋭い。

「バーボンで良いか?」
「やめてくれ」
私の二つ隣に安室さんが座る。小さなバーでは一つ席を開けていても案外距離が近く、思わず彼をまじまじと見てしまう。
彼はゼロなのだろうか。まだわからないけれど、心臓の高まりを押さえられそうにない。

安室さんの前に置かれたお酒は下が透明で上が茶色のお酒だった。
「俺の気分で作らせてもらったぞ」
スコッチはカウンターから出て私と彼の間に座る。

スコッチが間に入ることで彼の姿は見えなくなったがそれでよかったかもしれない。さっきから心臓がバクバクと忙しなく動いているのを感じるから。

「それで…どういうことなんだ?」
「前から言ってただろ?紹介したい奴がいるって」
「お前が組織にいた頃に言っていた?」
「ああ…。まだ早いかとも思ったんだが、どうやらバイト先で会ったみたいだったからな」
今まで安室さんを見ていたスコッチが私を見ていたずらに笑う。
「いつもおしゃべりなのにきょうは無口だな」
「そんなこと…ない」
スコッチと彼の会話で安室さんはゼロで、バーボンなのだと確信を持つ。


「何で俺と彼女が出会うってわかったんだ?」
「この子のバイト先もシフトも知っていたし、お前が同じ店でバイトすることになったのも知っていたしな」
「えっ知ってて何も教えてくれなかったの?」
「だってそっちのほうが面白そうだろう?」
安室さんが頭を抱えてため息をつく。私も同じ気持ちだ。

「安室さんがゼロかもしれないって思って、でもそれを本人に言ったら怪しまれるかもって。バイト中も気が気じゃなかったのに!」
「彼女がゼロだと俺を見て呟くものだから俺も気が気じゃなかったぞ」
私とゼロに挟まれて責められてもスコッチはただ笑うだけだった。

「安室透はゼロだ。その場で確認しなかったのは良い判断だが、いくらビックリしたからって呟いてしまうのはよくないな」
「だってもう不意打ち過ぎて…」
「不意打ちのときに冷静に判断できなければこの先難しいぞ」
「なぜ、わざわざそんなアドバイスをしているんだ?」
ゼロが訝しげに尋ねる。

「そういえば、ちゃんとした紹介もまだだったな。こいつは降谷零。公安に所属していて今は悪い組織に潜入している。偽名は安室透、コードネームはバーボンだ」
スコッチは私に向けていた視線を今度は降谷さんに向ける。
降谷さんは少し文句がありそうな顔をしていた。

「ゼロ、この子の名前は前に伝えていただろ。この子は○○大学の学生だ。俺が組織で外国にいるときに出会った。ずっとハッカーとして協力してもらってる。………そして、いつか俺らの後輩になる」
「「えっ?」」
私と降谷さんの声が重なる。

「後輩ってどういうことだ?」
「そのままの意味だ」

スコッチがどや顔で降谷さんを見る。

「この子が通っているのは法学部だ。カリキュラムも将来を見通して組んでいる。ハッカーとしての通称名はS.c.Tだ」
「S.c.T!?ついこの間、マル暴で押さえていたデータを消したと聞いたぞ。ほかにも、今いる組織でも話題に上がることがある」

「ああ。あのデータの中には今うちで潜入してるやつのヤバい動画も入っていたからな。悪いが頼んで消してもらった。………頼もしいだろ?こんな能力を持っている子が公安を目指している。学力、能力ともに問題ない。体力面がやや、いやかなり不安だがな」
スコッチは私の頭を撫でながら優しい目で見てくる。
この人のために、この人が守ろうとしているもののために私も自分の能力を使いたいと思った。……覚悟はある。
ゆっくりと顔を上げると降谷さんがこちらをまっすぐと見つめていた。

「……いい目をしているな」
予想外の言葉に私はどんなあほ面をさらしていたのだろう。スコッチと降谷さんが同時に吹き出した。

「正直、まだ信用しきれないというのはあるが、スコッチが何年もいてこんなに信頼しているなら大丈夫だろう。将来俺たちの後輩になるっていうのも楽しみだ」
ーーよろしくな?ーー

降谷さんから出された右手を握り返す。細く見えて力強い手に負けないようにしっかりと。

「よろしくお願いします」



それからも何度かスコッチと降谷さんとご飯に行く機会があり、気づけば降谷さんと二人でも出掛けるようになるとは、このときの私は想像もしていなかった。

ただ一人、スコッチだけは見越していたようで、私の耳元でそっと呟く。
「お前に出した酒の名前だが、アイ・オープナー。意味は運命の出会いだ」