珍しく降り続く長雨のせいで気分は酷く滅入っていた。
気分が滅入るとまた体調もそれにつられるように悪化するし、どんよりとした灰色の空は民の心にもきっと影響するだろう。何か悪い事でも起きるのだろうかと心配になったけれど、それを思ったところでわたくしに同行する力はない。
熱っぽい……実際に熱の出ている体は言うことを聞かず、寝台に横たわりぼんやりと天蓋の上、薄い、真っ白なレースを見つめる。
白と、桃色。
わたくしの年齢を考えれば些か少女趣味すぎるきらいのあるここは、ある一つの牢獄ともとれるだろう。わたくしに自由がない訳では無いし、むしろきっと、他の年頃の令嬢方と比べればわたくしは余程自由だ。
しかしそれでも、ぼんやりとした寂しさは募る。シーズンの最中であるがために、お父様はもちろんのことお母様だってこちらには来ることが叶わない。お姉様はエドワード様……つまるところ第二王子様に夢中で領のことなど覚えているかどうかわからず、さらに最近はお兄様ですら、エドワード様のお近くを離れないなんていう話を聞いた。
確かに、お二人が学園に入学してからもう二年が経とうとしている。それだのに、二人とも領地に帰ってくる気配すら見せない。たまに頂くお手紙には社交辞令に、それに加えてお姉様のお手紙にはエド様が如何に素晴らしいお方なのかという事、ユーリ・ノイヤー様という男爵令嬢が如何にお不快な思いをお姉様にさせているのかという事の二つ。お兄様のお手紙にはユーリ・ノイヤー様が如何に愛らしく心優しい方なのかという事と、お姉様がユーリ・ノイヤー様に対して嫌がらせをしているという事。
なんだかわたくしが所謂愚痴、の捌け口にされているようだと感じるような内容ばかりで、それに加えて学園に通われる前、王都に行った折に下さった心遣いに溢れたお手紙の気配は欠片も見られなくなってしまった。
それに、ここのところはそんなお手紙ですら頂けない。
何やら忙しいのだろうかと思うものの、シーズンだということの他に理由は思い付かない。
ここにいると、お姉様達から頂けるお手紙だけが王都の風を吹き込んでくれる唯一の道だというのに、そんな些細な楽しみまで奪われてしまったようだ。
第二王子、エド様と御母君のエルリア妃が何やら盛大にやらかしているとかで、ルディや伯父様、お爺様からのお便りもまた回数が少なくなっている。お爺様なんかはそれでも、例えばヨハンやディダ、ライル達に稽古をつけるだなんて名目の上、こちらにおいでになることだって少なくはないのだけど、寂しいものは寂しい。
ただそれを口に出していいか、表情に、態度に出していいかと言われるとそれは否、わたくしにそんなことは許されるはずも無いのだから、わたくしに出来ることは耐え忍ぶことばかりだ。
一呼吸ごとにひゅーひゅーと音のなる脆弱な体を思いながら、目を閉じる。
そうしてうとうととし始めた頃に、パタパタと足音が聞こえた。
「お嬢様、失礼致します」
コンコンと控えめなノックのあとに、クララの声が聞こえた。
「クララ? 何?」
何とか呼吸を落ち着ける頃には、クララはもうベッドの脇に佇んだいる。ゆっくりと体を起こして、彼女の方を見る。
「……アイリス様が、領地にお戻りになるそうで御座います」
クララの顔は心なしか青かった。
「……お姉様が?」
「只今早馬にてこちらのお手紙がお嬢様に」
そっと差し出された手紙の中には、お父様のお手で、お姉様が学園で「大変なこと」をしてしまったらしく、エド様から婚約を破棄され、領地で謹慎という名の元、領主代行とし領政を執り行われるという。
わたくしもまた、領主代行としてお姉様の指示に従うようにとの言葉と、長雨で体調を崩さぬようにとの暖かいお言葉を頂いた。
「クララ、お姉様の所の方達を集めて、お出迎えの用意を。お姉様は三日後にお戻りになるそうですの。久しぶりのこちらで、何か不自由の無いように取り計らって」
「かしこまりました」
「わたくしも何か御用意出来たら良いのだけれど……」
「とんでもない。お嬢様はお休みになって下さい。何かありましたら私どもがアイリス様のお叱りを受けてしまいます」
「……そうですわね」
クララの言葉に少し笑って、促されるままにまた横になる。
お姉様が、お帰りになる。あれほど慕っていたエド様との婚約を、一方的に取り下げられて。
クララ達もまた、聞いているのだろうか。
手紙には、今伝えたこと以上のこと、お姉様が何故そのようになったのかの仔細も、記されていた。
お労しいお姉様、この国きっての淑女となる輝かしい未来を手にする筈だったお姉様が、公の場であんな辱めを受けてしまわれるだなんて、いったい誰が思うだろう。
そっと目を閉じると、涙が頬を伝った。

夜は来ずとも遠からず