翌朝から、あの長雨が嘘のようにすっきりと空は晴れ渡っていた。
加えて、天気は体調にも関係しているのだろうかと思うほどに、わたくしの気分も良い。
この際に寝具を全て洗ってしまおうとランドリーメイド達が意気込んでいるとかで、朝目が覚めると身支度を整えさせられて、寝室から出されてしまった。
となるとすることは勉強か、とも思ったが今日は彼女達が訪ねてくる日ではなく、またさりとて目立ってやることもない。ただ起き上がれるようになるまでになったのは久しぶりで、その序に持ってこられた報告書に目を通しておくことにした。
趣味、というには大仰なそれは自分の病を自分で治す方法はあるものかと思案していた折に、クララが進言したものである。
簡単に言えば薬草園、もう少し突き詰めると新薬研究所、と言ったところだろうか。少し前には熱病の薬を作ったとか言っていたものの、まだまだ世に出せるものでは無いという。なんでも、薬草それ自体を育てる場所が少なすぎる、と。しかし、領都のほんの一角で行っているのだから、これが限度である。あまりに娘に何もしてやれないという事への罪悪感から、お父様が与えてくれた、言ってしまえばきらびやかなドレスや、美しい宝石と同じ類の贈り物だ。
随分変わっているとお父様やお母様は不思議に思われていたけれど、わたくしからしてみれば社交界にも満足に顔を出せず、出かけようにも王都の人混みが根本から肌に合わぬと言うので領地で静養するしかないわたくしが、どうしてきらびやかな宝飾品、衣類を求めるだろう。持っていてもそれらは皆、腐っていくばかりだろうに。
書類は見終えた。一人きりの朝食も終えた。
まだまだ日は高く、わたくしにやることは無い。やることがないというのも存外困りもので、しかも今は目の前に待ち遠しくてたまらない大きなことがあるというのだから、本を読もうにも目が滑る。いつもならこんなに暇な時は本を読むか(読むものが指して思いつかない時はいつでもレーメが何か見繕ってくれる)、セバスにちょっとした雑務を任せてもらうか(ほんのちょっとの権限くらいなら、わたくしにも与えられている)するのだけれど、今日のように何も手につかないようだったなら、きっとそれはそれはセバスに迷惑がかかるだろう。
「お姉様……早く帰ってこないかしら」
「姫様が何だって?」
ひょいと背後から声がかかり、びっくりして飛び上がる。
振り向くと当然のようにディダとライルがいて、こちらよらずっと背の高いディダが面白そうにこちらを見ており、その隣で、ライルが溜息を付いている。マリア様にそのような事はするなと言われているだろう、と。そんなことを言われているらしいがディダがこうしてわたくしを驚かせるのは一度や二度ではないため、これは彼なりの挨拶だと思っている。
「あら、お二人とも」
飛び上がった息を調えて言うと、ライルがていねいに頭を下げた。
「マリア様、申し訳ありません」
「構いませんわ。ディダだってお姉様がお帰りになるというので、浮き足立っているのでしょう」
「はは、まぁ、一応ね」
きっちりと真面目そうなライルと、正反対に何かとゆるいディダ。二人とも、お姉様が幼い頃に拾ってきた現お姉様の護衛である。
基本的にお姉様に絶対の忠誠を誓う彼等であるが、わたくしにもまた、とても良くしてくれる。勿論お姉様に対するそれには遠く及ばないが、それはクララやヨハンのわたくしに対するそれが彼等に遠く及ばないのと同じ。
「わたくしだって今から楽しみでなりませんわ。お姉様に直接お会いするなんて、本当に久しぶりですもの」
こちらにお戻りになる理由は本当に、たまらなくお辛いものだけれど、不謹慎なことにわたくしは、それを少しだけ、嬉しいと思ってしまった。
「はは、俺らだってそうですよ。姫様が向こうで何があったって、ここの奴等が姫様を好いているのに変わりはない」
「ええ、そうでしょうとも。そうでなければ、わたくしお爺様にお願いして、貴方の性根を叩き直して頂いておりましたもの」
これは、本当。
お姉様に拾われておいて、その上でこんなにも良くしていただいていて、わたくしのそれのように迷惑をかけてばかりでなく、お姉様は彼等に報いるだけの素晴らしいお方だ。だのにお姉様からの恩を仇で返そうとしたならば、それはもう、ああ言葉にするのもおぞましい。
「……マリア様は相変わらずですね」
「ふふ、どういう意味かは聞かないでおきますわ」
そのように話していれば、何となくやりたいことが思い浮かんできた。
散歩に行こう。
いつもいつも閉じこもってばかりは体に悪いと、体調の良い時は最低限、散歩には出るようにしている。ここのところはそれだって出来ていなかったし……それが良いだろう。

楽園にも雨は降る