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「その子は私の元で引き取らせて頂きたい」

聞いたこともない男性の声で、私はハッと我に返った。
我に返った、だが、それなのに体は私の言うことを聞かなかった。ぼんやりと目の前の光景を眺めるばかりで、手も足も、自分のものという感覚とは裏腹に痺れたように動かない。
視界の中には、一組の男女が居た。
深海のような、目の覚める鮮やかな青色の髪を品よく撫でつけた男性と、星星の輝きを閉じ込めたような薄い、銀色の輝く髪の女性。
男性は私の目の前にいて、女性は、私を守るように抱えて、男性を見つめているらしい。その表情は私からは伺えない。
冷たい氷のような男性の瞳は、宛ら、出来損ないとしか思えない青い薔薇のようだった。
中途半端な、青になりきれない紫の延長でしかない青薔薇の色。
その青と同じく冷たい、冷えきった瞳の男性は、無感動にこちらを見下ろしている。
冷たい、冷たい瞳だった。わたしへの……いや、女性への侮蔑と嫌悪、感じたこともないような悪感情に、満ち満ちている。
重苦しい沈黙が、周囲を覆い隠していて、戸惑いも、この杭のようにぎりぎりと私を突き刺す沈黙の前ではただただ流れ去っていく。
「そうですか……」
暫くして、女性が、諦めた様に声を出した。
私の戸惑いはここで、せきを切ったように溢れ出る。どういうことだ、これは誰で、どうして私がこんなところにいるのだ。
これは、いつもの通り普段の通りぼんやりと眠りについた私が、見ている夢なのだろうか。
ぼんやりとして体の動かぬのにも合点が行く。そういう、事なのだろうか。
ポタリ、ポタリ。
私の頬を、何かが伝う。涙のようだった。
私の、涙では無かった。
ぼんやりと体が勝手に、上を向く。
その先に、恐ろしい程に美しい女性の姿が見えた。
「かあさん? どうして、ないているの?」
高い声、およそ私のものとは思えぬ、幼児特有の甘さのある声が、ほかでもない私の口から出てくる。
何が、どうなっているのか。どういう、ことなのか。
「何でもないわ、大丈夫、リリィ、心配する事なんて何にもないのよ」
「かあさん……?」
この女性は、私の母だ。
奔流のような戸惑いの中に、じんわりと沸いてでる穏やかな感情が、そう告げている。「私」にとって母は唯一だった。その身を削って私を養育してくれる、大切に、あいしてくれる母。女の身一つで子供を抱えて、出来ることなんて限られているのにそれでも私に心配をかけまいと気丈に振る舞う、つよく、うつくしい女性。
その母が泣いている。
どうして泣くの? 泣かないで、私、何か悪いことしちゃったの? ごめんなさい、謝るから。もう、しないから。母さん、泣かないで。
私の中の幼子がそんなふうに、泣いている。母さん、母さんと、呼びかけるように泣いている。
「別れはもう済んだのか、ならばその子供を頂こうか」
母さんと私を冷ややかに見下ろす男性は、こちらの様子に侮蔑を隠さない。
「……えぇ、申し訳ありません。どうぞ、宜しくお願いします」
気位が酷く高く、お客に頭を下げることだって稀なハズの深く母さんが、その人に深く深く頭を下げた。私はただそれを、黙って見ていた。
中途半端な青い薔薇の色をした目が、なんだか、無性ににくらしかった。

朝は来ないらしい