君と微睡みを泳ぐ

※未来捏造設定



 ふわふわと内蔵が身体を浮かせて、足が地についていない気がする。実際、足元を見ると4メートルくら浮いていた。

「深里」

 私の大好きな声が空気を震わせた。辺りを見回すと飛雄が地に立っていた。飛雄、と呼びかけようにも声がうまく出なくて必死に腕を伸ばした。
 飛雄の方へと空中でもがいて、不恰好ながらも少しずつ近付いていく。すると、焦れたようで眉根を寄せて私の方へすいすいと近付いてくる。飛雄も宙を泳いで来たのだ。

「飛雄」

 あと少しで指先が掠めそうになったところで、はっと気付いた。これは、夢だ。
 ぱっと目を開けると見慣れた天井がうつり、起き上がろうにも今朝は冷え込みすぎている。寝返りを打って窓を見れば、外はだいぶ夜が薄まっていた。

「…、やらかした」

 布団の中で小さくため息をつく。隣の温もりのあとは微かなものになっている。私は布団に包まって身体を起こした。
 やかんでお湯を沸かしている間に、小さな鍋に二人分の味噌汁を作る。冷えた家の空気が徐々にあたたまりはじめた。
 ざっ、ざっ、じゃっ、ざっ。外から足音が聞こえてきて間に合ったことに安堵した。

「……はよ」

 鍵の開く音。廊下を歩く音。リビングのドアの開く音。そして、私の大好きな音。

「おはよう」

 朝のロードワークから帰ってきた飛雄に微笑む。夢で触れられなかったぶん抱き締めたくなったけれど、味噌を溶かないといけないのでできない。

「ごめん、一緒に起きられなかった」
「べつにいい。何のだ?」
「起こしてくれたらいいのに。油揚げと豆腐の味噌汁」

 上着を脱ぐ衣擦れが後ろの方で聞こえて、味噌の香りが二人に増えた空間をさらにあたためる。

「寝顔見てた」

 まだ外の空気を纏って飛雄が背後から腰に手を回してきた。ぴとりと冷たい頬を私の頬へ押し付けられて思わず背筋が震えた。

「かわいかった?」

 火を止めて上の食器棚に手を伸ばすと私よりも長い腕がお椀を取ってくれた。

「面白かった」

 私はぐりぐりと頭を押し付けてささやかながら抗議した。

「飛雄、箸と湯のみ出して」

 未だに抱き付いている身長180越えの男の腕から抜け出して、盆に急須とお椀を乗せてリビングのテーブルに運ぶ。飛雄の頬がくっついていた方の頬が、冷たくなっていて熱かった。
 二つのお椀に味噌汁をよそって、茶葉を入れた急須に沸いたお湯を注いだ。はねないようにしずしずと。

「道路凍ってなかった?」
「いや…、土んとこに霜柱?はできてたな」
「おお、霜柱を知ってる」
「深里が前に言ってただろ、踏むのが好きって」

 なべしきを敷いて急須を置き、お椀を並べる。そこへ飛雄が箸と湯のみを持ってきた。私はラジオをかけて飛雄の対面に座る。

「いただきます」

 飛雄が味噌汁をすすり、私は湯のみにお茶を注いだ。ラジオの天気予報によると今日の天気は晴れらしいが気温はさほど上がらないらしい。
 さて、今日は何をしようか。とりあえず味噌汁で身体をあたためたら、改めて飛雄にぎゅっとしよう。夢の中とは違って、私も飛雄もここにいる。同じ部屋で、同じ味の味噌汁を飲んでいる。きちんと朝ごはんをつくるのはそれからだ。
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