たまごサンドイッチ

 4時間目の終わりと昼休憩のはじまりを告げるチャイムが鳴り、机の上を片付ける。隣の席の日向くんはチャイムをアラームに起きたようだ。

「げえっ!」

 今まで静かに寝ていた彼の叫び声に教室中が注目した。

「弁当忘れたぁ!」

 みるみるうちに青くなっていく彼にクラスメートたちはケラケラと笑った。ドンマーイ。何やってんだよ〜。坂ノ下行ってこい。いろんな声が彼にかけられる。

「はい」

 私は部活のあとに食べようと思っていたたまごサンドイッチを日向くんに渡した。日向くんは一瞬きょとんとたまごサンドを見つめ、次にばっと私の顔を見た。

「えっ、これ」

 私はお昼用の弁当箱を見せてぐっと親指を立てた。青かった日向くんの顔がみるみるうちに色を取り戻し、前よりもきらきらと輝く。

「ありがとう!桶川さん!」

 私はまっすぐにお礼を言ってくれる日向くんにぎこちなく首を振り弁当箱を開けた。私たちのやり取りを見ていたクラスメートたちはよかったじゃんと口々に言った。
 日向、俺のもやるよ。私のお弁当も分けてあげる。嬉々としてたまごサンドを頬張る彼に保護欲が沸いたのか、みんなが少しずつ日向くんに昼食を分けていく。そのたびに日向くんはありがとうありがとうとお礼を言って受け取る。気付けばいつも彼が食べている弁当よりも多くのごはんが集まった。


 放課後、部活を終えた私はぐうぐうと鳴るお腹をさすりながら下駄箱で靴を履き替えた。家に帰るまでの辛抱だ。たしか、お菓子の棚にじゃがりこが入っている。

「桶川さん!」

 暗い空とは対極に、明るい声が私を呼び止めた。振り返ると日向くんがいた。

「あれ、バレー部はもういいの?」
「うん、いま終わり。てか、おれがバレー部だって話したことあったっけ?」
「あ、えっと…ほら、最近バレー部目立ってるじゃん」
「そっか」

 白い吐息を冬の空に溶かしながら会話を重ねる。

「桶川さんなに通?」
「徒歩だよ」
「おれ送ってってもいー?」

 思ってもみない提案にエッと声が飛び出た。

「日向くんのご迷惑じゃなければ…」

 しどろもどろになりながら返事をすると、また輝くように笑った。
 日向くんは自転車を押しながら私の隣を歩いてくれた。今日は自主練が早く終わったらしく、偶然私を見つけたそうだ。

「昼、本当にありがとう」

 同じくらいの目線でニッと微笑まれ、私はううんと短く返し視線をそらした。

「桶川さんがたまごサンドくれなかったらたぶん今ごろお腹すいてぶったおれてたかも」
「あのあとすごい貰ってたね」
「それな!でも桶川さんがくれなかったらあいつらもくれなかったと思う」

 だからありがとう。眩しく笑う日向くんを直視できなかった。

「そんでさ」

 日向くんが言葉を続けかけて、それを遮るようにお腹の音が鳴った。私のだった。死にたい。

「おぉ!ちょうどよかった!」

 乙女の腹の虫の叫びに嬉しそうにする彼にデリカシーを叩き込みたくなった。

「坂ノ下で肉まん食ってかない?って聞こうとしてたんだ」

 またエッと声が飛び出る。出番ですか?というように坂ノ下商店が近付いてくる。

「ほんとは昼買いに行けたんだけど、桶川さんからもらえて嬉しかったからもらっちゃった」

 いたずらっ子のようににひひと笑って坂ノ下の扉を開ける彼に続く。私の顔はいま、きっと肉まんより熱い。

「おお!?日向が女連れだ!」

 中の飲食スペースには先にバレー部の先輩たちがいたようで、日向くんは格好のからかいの的になってしまった。肉まん片手の帰り道、ごめんねと謝ったらきょとんとさせてしまった。
 家について今日はありがとうと頭を下げると、日向くんはぐっと親指を立てた。

「今度はあんまんな!」

 そう言って自転車に乗り、来た道を戻って日向くんは帰っていく。帰り道の間、彼の頬が赤かったのは寒さのせいなのかな。
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