夜を縫うバス

 AOBA JOSAI VBCの文字が中型バスに堂々とプリントされている。明日からの遠征合宿のため、深夜移動せざるを得ない私たちは次々にそのバスに乗り込んだ。女子マネージャーの数が奇数なため、一人寂しく窓際の席につく。
 向こうについたらまずは…、と脳内で段取りを確認していると隣にものすごい圧迫感を覚えた。

「ちょっと及川サン、なに隣に座ってるんですか」

 じろりと睨み付けても怯むどころか嬉しそうに笑顔を浮かべてくる。

「んー?特等席が空いてたら座るでしょう」
「岩泉の隣が一番の特等席だよ」
「何時間も野郎の隣で揺られてたくないよ」
「それは私も同意見だよ」

 まあまあ、となぜか私がなだめられる。ブロロロロ…とエンジンがかかり、小刻みに振動する座席。この揺れが嫌なんだよなぁ。私は酔わないように視線を窓の外へ向けた。

「えっ!ねえ知らんぷり?俺のこと無視?」

 及川が喧しいのでその作戦も長くは続かなかった。

「寝な。永遠に」
「ひどい」
「ていうか、周りほぼ寝てんだから静かにしましょうね徹くん」
「ちぇー」

 子どものように頬を膨らませてやっと静かになった及川。私は子守りってこんなに大変なのかと改めて母親(と岩泉)を尊敬した。
 ぼんやりと窓の外を見る。見慣れた景色がどんどん流れていくけれど、向こうの方の山はあまり変わらないように見えた。青いネコ型ロボットよりもどこでも扉を開発してほしいなぁ。そうすれば時短にもなるし、乗り物酔いなんてなくなるのに。

「ねえ、酔った?」

 くだらない妄想をしていると突然耳元で囁かれ、「ひっ!?」と情けない声が漏れる。思わず出た高音にか〜っと顔に熱が集まる。
 及川はそんな私の思わぬ反応ににやにやしていて、私は腹を殴った。腹筋が固かったのであまり手応えはなかった。

「なに?もう黙って?永遠に」
「だから、酔ってない?って」

 きょとんとした。及川のやたらと整った顔をまじまじと見てしまった。あぁ、ほんとこいつはムカつくくらいにイケメンだな。

「…寝れば大丈夫だから、寝かせて」

 本当は別に、喋っていても酔いを感じなくなるからいいんだけど。及川はこっちもたれていいからねと言ってから喋らなくなった。


 それから本当に寝てしまっていたらしい。はっと気付いたときはまだ目的地は近くなかったがだいぶ進んでいるようだった。
 ふと肩に重みを感じ見てみればもたれているのは及川の方だった。こいつ…。

「及川、重い」

 一応声をかけてみるが寝ているようだった。他の皆も静かで、起きているのは数人らしかった。
 キャプテンの頭を落とすわけにもいかず、そのままじっとしている。心臓が速くなってるのは気のせいか車酔いのせいだ。

「うわ、睫毛長い」

 この際普段はじっくり見られないぶんこの顔を見てやろうと思い至近距離でじろじろと見る。この近さでも毛穴のないすべすべの肌にふわふわの髪、ガムでも食べたのかミントの匂いの息にまっすぐな鼻筋。顔だけはめちゃくちゃ好みなんだよなぁ。調子に乗るから絶対言わないけど。
 しばらく鑑賞していると、だんだんと頬が赤くなり口端が緩んできた。まさかこいつ、と思った瞬間には及川は目を開けていて視線が絡まって解けなかった。

「ほんとお前、俺のこと好きだよね」

 バカじゃないの。その言葉はキスで塞がれてしまった。


「桶川さんって及川さんと付き合ってるんですね」

 合宿所で後輩の国見に言われてしまった。

「はぁ?そんなわけないでしょ、あの及川だよ?」
「…上手いですね」
「…なぜバレたし」

 いつもは切り抜けられるのに、国見の観察眼の前ではできないようだった。

「入部してから、何となくそう思ってたんスけど、さっきので決定的でした」

 さっきの、って。

「俺、バスの中だと眠れないんですよね」

 国見は確か、後ろに。

「はぁぁぁあ!?」
「'あの'及川さんとお幸せに」

 それだけ言い残して国見は去っていった。入れ替わりに来た及川に「大きい声あげてどうしたの」と心配されたが、大体こいつのせいなので腹にパンチを決めておいた。やはり全く効かなかった。
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