白く眠る君

※未来捏造設定



 アラームが律儀に私を眠りの海から引き上げてくれて、私は目を覚ました。しんと冷えた空気といつもより遠く聞こえる外の音にもしやと思いカーテンを開けた。

「わ」

 今年はじめての銀世界を見た。
 中がもこもこのスリッパに足を突っ込み、寝癖を気にする暇もなく蛍の部屋へ駆けていく。と言っても、すぐ隣なのだけれど。

「蛍、起きてる?」

 ノックも疎かに蛍の部屋のドアを開ける。カーテンは閉めきられていたけど白く反射した朝日がわずかな隙間から差し込んでいた。
 ぴったりとくっついているまぶたと規則正しい息づかいにまだ寝ていることがわかった。そっとカーテンを開けると、やわらかな朝日がとめどなく流れ込んできて部屋を明るくした。

「……なんか、お姫様みたい」

 高い鼻や長い睫毛が影をつくり、雪のように白い肌が一層白く見えた。眠り姫なら、キスで起きるかしら。寝ているとわかっていても恥ずかしくて、陶器のような頬にキスを落とした。

「けーいくん、朝ですよー」

 頬へのキスでも恥ずかしくなって呼びかけてはみるものの、起こすのは勿体ない気さえして小声になる。微動だにしないのをいいことに恐る恐る睫毛の先をなぞる。すると、ぴくりとまぶたがひくついた。このやろう。

「起きてるでしょ」
「……」
「ねえ」
「……」
「いつから」
「…深里が部屋を出たくらいかな」
「起きてたなら起きててよ!」

 ゆっくりとまぶたが上がり、綺麗な薄茶の双眼が私をとらえる。蛍は私の腕を引いて自分のベッドに引き込んだ。

「うわ、つめた」
「人の話聞いてる?」
「深里さ、眠り姫にキスするなら唇じゃないと意味ないんだよ?」
「姫じゃないじゃん」
「みたいなんでしょ?」
「みたいってだけだもん」

 ぷい、と蛍に背を向けるように寝返りを打つ。あたたかな布団から出る気はまだなかった。

「この雪じゃ今日は外行けないね」

 耳元で囁かれて、かっと顔が熱くなる。するりとお腹に手が回ってきて服の下に入り込む。

「雪かき!」

 朝からよく動く手をばしっと叩いて勢いよく起き上がる。

「うわ、ちょ、さむ」

 蛍から布団を剥いでさっさと部屋から出る。冷蔵庫を開けると買い出しにいかなければいけないようだった。朝ごはんはたまごかけご飯と昨日の夕飯の残りで我慢してもらおう。昨日のうちに買い出しにいくべきだったな。

「うわ、何もないじゃん」

 起きてきた蛍が後ろから冷蔵庫を覗いてきた。

「ごめん。朝食べたら買ってくる。歩きで行ける距離だし。蛍は先に雪かきしててくれる?」

 とりあえず冷やご飯をレンジで温めながら聞くと蛍は「は?」と眉間に皺を寄せた。

「一人で雪かきとかこの量じゃ無理でしょ。それよりもどうせ深里転ぶんだからそっち見についてく」

 ちゃんと雪のときの靴履いてくもん。抗議の視線を送ると意地悪な言葉とは裏腹に心配そうな視線に気付いた。

「じゃあ杖としてついてきてもらおうかな」


 それから簡単に朝食を済ませて、それぞれ着替えた。蛍も私ももこもこだ。普段は縦に長い蛍が着込んでさらに大男になっている。

「ちゃんと掴まってなよ?」
「蛍が転ばないようにね」

 分厚い手袋をはめると手を繋ぎにくいと感じる冬を、もう何度過ごしたのだろう。蛍との時間は積もっていくばかりだ。
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