ヴィーナスには程遠い

※未来捏造設定



 濡れた髪にドライヤーを当てながら私はぼんやりと考え事をしていた。熱風を当てればすぐ乾くほどのショートヘアーな私。楽だし、ロングよりも自分の顔には似合ってると思うんだけど……。

「あ〜この子可愛いな」

 夕飯後、テレビを観ながら鉄朗は呟いた。彼女である私もいる空間で他の女を褒めるとはと私の嫉妬深い一面が出そうになったけど、画面の中で笑っている女優さんは確かに可愛かった。…というか。

「え、アンタってロング好きなの」

 画面の中の彼女はつやつやの黒髪を胸下まで伸ばしていて、日にさらされてやや色の抜けた私の黒茶頭とは大違いだった。

「まあね」

 あっさりと頷かれて少なからず私はショックを覚えた。そんな私に気付いているのかいないのか、鉄朗はにやにや笑いながらテレビを観ていた。

「先に寝る」
「え、早くね?明日なんかあったっけ?」
「寝る」
「お、おう、おやすみ」

 勝手に焼きもちをやいて悲しくなって、私もまだまだ若いなーと楽観的に客観視する自分が心のどこかにいる。鉄朗、ちょっと戸惑ってたな。明日は鉄朗の好きなごはんつくってあげよう。秋刀魚は旬じゃないけど。
 ぐちゃぐちゃな思考回路のまんま寝室のベッドに潜り込む。3月になったとはいえ夜はまだまだ冷える。丸まっていると自分の心臓の音が大きく聞こえる。明日、朝起きたら髪が腰くらいまで伸びてればいいのに。

「深里、寝たか?」

 しばらくして、うとうととしかけていた意識に鉄朗の声が響いた。返すのも面倒くさくて放っておいたら、鉄朗も布団に入ってきた。お風呂から出たばかりなのか鉄朗はあたたかかった。

「しょげてんの?」

 つんつんと細長い指が私の背中をつつく。

「深里ちゃーん」

 しょげてないわ。眠りのもやがだんだんと晴れていく。意識が覚醒していって、眠りを邪魔された怒りもわいてきた。
 反撃してやろうと勢いをつけて寝返りをうつと意外に近かったらしく鉄朗の胸に顔がぶつかった。そのまま背中に、腰に、手が回ってきて抱き締められる。

「さっきの髪の話?」

 するすると手がのぼってきてくるくると私の襟足を弄ぶ。くすぐったくて首をすくめた。

「…違うわ」
「えー?」
「は?」
「スミマセン」

 眠いんですけど。抗議しようとして顔を上げたら鉄朗が静かにこっちを見つめていた。

「俺は好みのタイプはロングだけど、好きな子は深里だよ」

 ぐっと言葉に詰まって、顔がみるみるうちに赤く色付いていく。好きと言われたくらいで赤面するのも悔しかったのでお返しに頭突きを胸にお見舞いしておいた。ナイス石頭、とふざけられてさらにイラっとする。

「……でも、伸ばす」

 それだけ言ってぷいっとまた背を向ける。もうちょっかいかけてきても構ってやるもんか。寝るんだ私は。耳まで熱いのは3月になったからだ。

「頑張ってください」

 後ろから声がかけられておやすみ、と返した。


 1ヶ月後、結局我慢できなくて美容院に行った。いつもどおりのショートヘアの私に「お、美人になったな」と笑う彼に、つられて私も笑ってしまった。自分らしくいられて、その姿を好きと言ってくれる人がいるって幸せなことなんだなぁ。
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