その藪つつくべからず

「お前らってどこまで進んでんの」

 何気なく口を突いたその言葉が、深里の時間を一瞬止めた。昼休み、女友達と固まらず一人自席でやきそばパンを頬張る女が及川の彼女だっていうから世の中何があるかわかったもんじゃない。

「はぁ?」

 ぎろりん、と鋭く睨まれるももう慣れっこなのでそんなに怖くはない。
 深里とはいわゆる幼馴染みというやつで、こいつの家族の次に近くで見守ってきたという自負はある。親しみはあるが恋愛感情は全くない。むしろこいつを女として見られる及川がすごい。言葉遣いも態度も悪く、女らしさの欠片もない。女の子のいい匂いがしない。そんなこいつによく彼氏なんかできたもんだ…。としみじみと深里を見ていると「見んなハゲ」と腹にパンチ。なーに、鍛えてますからこのくらい、……痛ェな。

「付き合ってどのくらいだっけ」
「あ?……4ヶ月?」
「疑問形かよ」
「前から及川いたからよくわかんないんだよ」

 及川に同情すらしてきた。

「4ヶ月か、じゃあキスくらいか?」
「………………はあ?」

 おおっとこれは。

「もしかしてまだキス」
「マッキー」

 今度は俺の時間が止まった。ちらりと目線をやるとにこにこと微笑む及川がいた。

「よぉ及川、なんか用?」
「部活のプリント配達に」
「お?仕事してる。雪ひどくなるからヤメロ」
「主将なんですけど」

 ヘラヘラと軽口を叩き合うが目が笑っていない。怖いなー、怖いなーと思っているとチャイムが悲鳴を上げた。「またね深里ちゃん、マッキー」と去っていく後ろ姿を横目で見送りつつ、さあ寝ようと机に臥せた。



 それからの数日間は面白いほどに深里がぎくしゃくしていた。これは及川と何かあったなぁ、なんてニヤニヤしていた。

「なぁ、及川となんかあった?」
「ご逝去あそばせ」

 及川という単語を出せばびくっと震える肩に染まっていく頬。あれ、こいつこんな女みたいな反応できるんだ。深里と一緒に過ごした18年。こんなに長い時間があったのに、まだ見たことのないお前がいるのか。

「マッキー」

 昼休みになると現れた及川に連れられて自販機コーナーへ。俺飲み物あるんだけど。

「はい、これお礼ね」
「は?」

 突然差し出されたパック飲料にキョトンとしながらも貰えるものは貰っとく。及川からおごられたぐんぐんヨーグルを飲みながら教室に戻った。

「あのクソ男余計な事喋ってないでしょうね」
「自分の彼氏をクソ呼ばわりはやめてあげて」

 これじゃあ当分キスなんてできそうにも、なんて思ったところでピンときてしまった。というか、なぜこんなに証拠は上がっていたのに真実に辿り着かなかったヘボ探偵。

「お前まさか……」

 及川のぐんぐんヨーグルを、と言いかけたところで「マッキー!?」と及川が血相変えて飛んできた。自販機前で捕まってたから置いてきたのにはえーな。
 ま、及川の反応からしてそこまではまだか。ふと深里の机の上を見れば緑の看護婦が微笑んだリップクリームが転がっている。俺は綺麗になっていくこいつをこれから見ていくのか。

「楽しみだな」

 深里を見て、口端を上げる。せいぜい幸せにしてもらうことだな。
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