4月第1週目:月曜日
学年が上がって、そろそろぼんやりと描いている進路を明確にしなくてはいけない歳になった。
新しく割り振られたクラスに入ると、知った顔がちらほら。うまく平均すると5人か6人は同じクラスになる計算だから、たいして驚くことではない。それに、前のクラスメイトしか知り合いがいないわけではないのだから、当然と言えば当然。
「赤葦!この後カラオケ行くけどどーする?」
通常、始業式の後は宿題の提出や進路表の記入なんかをして1日が終わる。だから教室のあちこちから放課後の予定を組む声が聞こえるが、俺にはあまり関係がなかった。
「悪い、部活あるから」
バレー部は基本的に休みがない。全くないわけでもないけど、6月にIH予選を控えている今、休んでいる時間すらもったいないという感じ。
「そっか。頑張れよ!」
「ありがとう」
遊びたくないわけではないけど、バレーが好きでやってることだから苦ではない。木兎さんに関して言うなら面倒だけど。
そんな時、ふと視界に入った人がいた。
塩見透子さん。誰もが目を留めるほど美人とかかわいいわけでも、特別愛嬌があるわけでもない。あえて言うなら美人と呼ばれるタイプだと思うけど、愛嬌は全くない。どちらかというなら無愛想。しゃんとした姿勢のせいか、どこか近寄りがたい清廉さすら感じる。そんな塩見さんは、入学した時から噂に上がりやすい人だった。だから、名前だけなら俺でも知ってる。
塩見さんも友達がこのクラスにいるようで、挨拶を交わしながら歩いてきた。どうやら俺の隣の席らしい。鞄を置くと、友達と話に行くでもなくただそこにいた。始業まで時間はあまり残ってないし、なにもおかしいことはないけど、それでも隣同士で何をするでもなく黙って座ってるのも、なんだか不思議な感じがした。
「塩見透子」
「え?」
声をかけてきたのは、塩見さんらしい。見ると正面を向いたままの塩見さんは、無表情という言葉がしっくりくるほど表情がない。本当に声をかけられたのか不安になる。
「2人して黙ってるのも、なんか変じゃない」
でも、どうやら声をかけてきたのは塩見さんで間違いないらしい。
「赤葦くんは、あまり話すタイプではないのかもしれないけど」
「あれ?俺の名前…」
「噂好きな友人がいるの。だから、名前くらいなら知ってる」
あー…まぁ俺も塩見さんのこと知ってたわけだし、不思議ではないか。
「知ってるかも知れないけど、赤葦京治。よろしく塩見さん」
不意に目があった。
「よろしく」
塩見さんは、目を細めて、うっすら笑ってそう言った。本当にうっすらだから、光の加減で勘違いしたと言われても不思議ではないレベル。
噂によると、塩見さんは基本的に無表情でほとんど笑わないらしい。そんなこともないと思うけど、実際男子の話では見たと聞かない。笑わせたら虹がかかるとかなんとか、訳のわからない噂もある。
でも…塩見さんの笑顔は、確かにそれくらいの破壊力を兼ね備えていた。
「体育館に移動してくださーい!」
「え?さっちんどしたん?担任は?」
「うちは木原ちゃんらしいけど、始業式準備で来れないんだって」
そんな声にだらりと新しいクラスメイトが動き始める。それに紛れるように席を立った塩見さんの動きに合わせて、シャンプーかなにか、女子っぽい匂いがした。
何人かで漫画を開きながら女子が言っていた。「恋をする瞬間は音がする」と。そうでなくても日常的に「今きゅんときた!」なんて言葉はたまに聞いていた。
女子の言うことは理解できないと、どこか小バカにしたところがあったのは認める。そして今それを猛烈に謝罪したい。そんなこと誰にも言ってないから、謝る相手も場所もないんだけど。
…どうやらそれは、女子だけに起こる現象じゃなかったらしい。
きゅんって音がするらしい