6月第3週目:月曜日

「!!透子の髪が…!」

そう言って声をあげたのは他のクラスのあの子。よくウチのクラスの塩見さんのところに遊びに来てる。
突然叫ばれた塩見さんは表情こそ変わらないものの、不思議そうに首をかしげていた。

「なんで!どうして!?」

塩見さんの声は聞こえない。
あまり騒がしいタイプではない塩見さんの声があの子と同じ感覚で聞こえてきたらそれこそ驚くけど。

「だって伸ばしてるって」

確かに、金曜日までは背中まで髪を流していた。それが首が見えるほど短くなってる。おかっぱって言うのかな?確かになにかあったかなと思うかもしれない。でも塩見さんがそんなタイプだとは思えない。

「なんで教えてくれなかったの!」

多少煩さは感じるけど、仲がいいんだなぁと思う。他の人がどう思ってるかは知らないけどね。

「あ、おはよう赤葦くん」
「おはよう石原さん」

彼は塩見さんの隣の席の赤葦くん。常にダルそうでユルーい雰囲気。でも部活の副主将。人当たりもよくて優しい。やるときはやる人。ギャップ萌えだかなんだか知らないけど、他学年からはそれなりに人気らしい。
え?同学年?そりゃあ初めこそ人気もあったけど、今じゃすっかり観賞用。画面の向こうのアイドルみたいな扱いです。

「また来てるよ。部活でも教室でも大変だねぇ」
「ああ、慣れた」

さすがである。伊達に3年を差し置いて副主将をしていない。

そんな赤葦くんは、するりと限定的に騒がしくなっている塩見さんの側へと近寄っていく。席が隣なのだからなにもおかしくないのだが、おかしいのは赤葦くんの纏う空気である。
一見するといつもと何ら変わりないユルーい雰囲気の赤葦くん。しかしその足取りはどこか楽しげ。この違いはコアなファンにしかわからないだろう。

「おっはよー赤葦くん!」

他のクラスのあの子は誰が相手でもテンションが高い。それがどんなに怖い噂のある人でも。だからこそ塩見さんともあんな勢いで付き合っていけるんだろうけど。

少し距離ができてしまうと、もう赤葦くんの声ははっきりと届かない。聞こえるのはあの子の声だけ。

「そりゃあそうだよ!びっくりしたもん!なにも言わずに髪切ってくるんだから!」

家族でもないのに、髪を切るかどうかなんてなかなか相談しないけど。
…しないよね?

「おはよー」
「おはー」
「あの人また来てるの?」
「うん」

このクラスではあの子がいることは当然のことのようになりつつある。
煩いし迷惑ではあるけど、もしあの子が2日も来なかったら、心配した誰かしらがクラスまで偵察に行くことだろう。

「で、あんたはそれを監察してると」
「うん」
「あんたもつくづく変わってるよね。…本気に見えたけど?」
「本気だからだよ。だから監察してるの」
「伸ばしてるって言ってた!」

また聞こえるあの子の声に、つい笑ってしまった。無邪気で真っ直ぐで、内緒とか秘密とかできなさそう。もしかしたら嘘すらつけないかも知れない。

「内緒話とか絶対できなさそう」
「今同じこと考えた」
「そんなことない!かわいいよ!チョーかわいい!!ね!?」

その言葉に彼は同意したことだろう。私から見てもとてもよく似合ってるのだから、赤葦くんが否定する意味がわからない。体育の時でもないと見えなかった白い首が、今では惜しげもなく晒されていてまぶしい。
塩見さんは視線を泳がせて短くなった髪を触っていた。

きっと、あれは塩見さんの癖なんだろう。女子によくある、髪を触る癖。例に漏れず私も似た癖を持っているけど、果たして塩見さんほどの可愛らしさを私が出しているかどうか…僅かにも期待するだけ悲しくなるのでやめておく。

それから、あの子が自分のクラスに帰ると、漸くいつもの教室に戻る。もちろんあの子と違い、静かに話す2人の声なんて私には聞こえなくなる。
それでも、ちらりと視界に納めるだけでわかるものなのだ。あの2人が放つ、マシュマロみたいに柔らかくて、砂糖菓子よりも甘い空気は。



触れたら溶けると思います