6月第3週目:木曜日

塩見さんが髪を切ってから早数日。日に日に暑さは増していき、夏本番と言わんばかりの強い日差しが今から照りつけてくる。

「毎日暑いね」
「うん」

塩見さんの肌は、強い日差しを反射して少し眩しい。室内部活である俺もそんなに日焼けはしないけど、それとは比べ物にならない白さ。他の女子と比べたりもしないけど、それでも塩見さんの白さが目を引く。これが惚れた欲目だと言われても否定はしない。

当の本人は、この頃いつにも増して表情がない。いや、わざとなくしているようにも見える。以前に暑いのは苦手だって言ってた気がするし、仕方ないのか。

「でも体育は水泳になるし、少しは涼しく感じるんじゃない?」

そう言うと、塩見さんは机のどこかをじっと睨み付けた。
1年の時、室内プールだから日焼けの心配いらないって喜んでる女子がいた。マネージャー達も同じようなことを言ってた気がする。だから、塩見さんもそうだと思ったんだけど…なんか違ったのかな?

「塩見さん?」

髪がさらりと流れて、表情を隠してしまう。

「…な…」
「ごめん、聞こえなかった」

あまりに小さな声は、教室の喧騒に意図も簡単に掻き消されてしまった。

「…私、泳げないの」
「え?」

予想外の言葉に、気の抜けた声しか出なかった。

「泳げないって言うか、プールとか海とか、深さがある水の中に入ろうと思うと怖くなって」

運動神経良いのに泳げないとかなにそれかわいいなんて思ったのに、思ったよりも深刻な話だった。

「なんか理由とかあるの?」
「よく覚えてないんだけど、小さい頃に海で溺れた事があるらしくて」

なるほど。トラウマになってるのか。

「じゃあ見学?」
「うん。みんなが休憩してる時に、縁で水に触るくらい」

1人パーカーかなにかを羽織って、縁で水遊びをする塩見さんを想像して、後悔した。

か わ い す ぎ か 。

いや、ただの想像なんだけど。羽織ってるのもパーカーじゃなくてタオルとかだろうけど。そもそもそんな塩見さん僅かにも見たことないけど。

「泳げるようになりたいとは思うの?」
「水難事故とかにあったら、泳げないと死んじゃうから」
「そうそうそんなこともないと思うけど、泳げると夏も楽しくなるよね」
「…うん」
「よかっ…」
「…どうかした?」

きょとりと首を傾げながら見上げてくる塩見さんに「なんでもない」とだけ言って、無理矢理視線を反らした。
おかしく思われたってこの際構わない。全部言い切る前に留まった俺を、俺は褒めたい。あと、無表情を貫けているらしいことも褒めたい。
「よかったら教えようか」なんて、うっかりなんてことを言いそうになったんだ、変態か。いやこの際変態でも構わない。塩見さんがかわいいのがいけないんだ。トラウマなのにこんなこと思うのは失礼だとわかってるけど、見た目以上に運動ができるのにカナヅチってかわいすぎか。かわいすぎる。

この際言うけど。実は塩見さんの短くなった髪が揺れる度にサラサラ鳴るんだけど、あれってフィクションじゃないんだな。びっくりした。フィクション並みの髪の綺麗さとかなにそれすごい。あと、好きな授業の前は目がキラキラするのもかわいい。特に美術。表情に出ないのにいつもすごい楽しそう。しっぽがあったらきっと千切れんばかりに振ってるだろう。せっかくかわいいのに表情に出ないのがもったいない。いや、出なくていいか。かわいい塩見さんをわざわざ他のやつに見せてやる必要ないもんな。

「赤葦くんは泳げるの?」
「え?あぁ、溺れない程度には」
「そっか…じゃあ夏も楽しいね」

その言い方は、どこか諦めを含んだものに聞こえた。

「泳げなくても楽しみ方はあるよ?」
「どこに行っても暑いし混んでる」
「あー、花火とかもすごい混むよね」
「うん。毎年誰か死んでるし」

きっと塩見さんはイベントが苦手だ。人混みも得意じゃない。

「プールとかは無理だけど」
「うん?」
「花火行く?」
「…え?」

だけど、塩見さんとイベントに赴きたいと思うのは仕方ないことだと思う。

「人混みが苦手な塩見さんには少し大変かもしれないけど、人混みから外れたところから見えたりもするし」
「…でも」
「ああ、木兎さん達も呼ぶ?気にしてたよね」
「いや、そうじゃなくて」

どうしたんだろう。また変なところを気にしてるんだろうか?俺が誘ってるんだからなにも気にしなくていいのに。

「あ、気まずかったら吉田さんも呼んでいいけど」
「それもあるけど…えっと、部活の人と行くのに、私がいたら迷惑になるでしょう?」
「じゃあ2人で行く?」
「それは…」

ちょっと意地悪だったかな。
でもあーでもないこーでもないって悩んでるのもかわいい。表情よりも纏う空気の方が表情豊かっていうのは、ちょっと珍しいと思う。

「たぶん木兎さんが迷惑かける可能性の方が高いから、本当に気にしなくていいよ」

それでも塩見さんはまだ迷ってる。だって、

「俺が塩見さんと花火を見たいだけなんだから」

きっと塩見さんは気付いてる、俺の言葉の意味に。だけど信じられないのか、信じたくないのか。また俯いてその表情を隠してしまうんだ。



どうしよう、この人かわいすぎる