7月第2週目:月曜日

日差しが次第に強くなる3、4時間目の校外写生の時間。塩見さんはクラスの人とは少し離れたところで画板に向かっている。教師の目が届きづらくなるこの時間に、生真面目に鉛筆を走らせるのは、少なくともこのクラスでは塩見さんくらいだと思う。
俺はと言うと、塩見さんから少し離れたところで適当な植木でも描こうと腰を落ち着けた。ちらほらと他のクラスメイトも話ながら課題に取り組んでいるらしい。

気付いたら4時間目も中頃になろうとしていた。このまま熱中症にでもなると困るので、1度休憩しようと日陰に入ると、ほとんど無意識に塩見さんのいるだろう所を見た。
塩見さんは直射日光の下でまだ描き続けてるらしい。炎天下と言うほどまだ暑くはないが、初夏の日差しはかなり強い。暑いのは苦手だと言っていた塩見さんだけに、脇目も振らず画板に向かっているのを見ると心配になる。

「赤葦どうよ」
「どうもなにもない。そっちこそフラフラしてて大丈夫なのか?」
「休憩も大事だろ?」
「そうだな」

しばらくして、フラりとやって来た佐藤を適当にいなして画板に留めた画用紙に再度線を描き入れる。視界に納める塩見さんは相変わらず生真面目に鉛筆を走らせているようだが、4日くらい前からどこか様子がおかしい。

「赤葦真面目かー」
「俺はいつも真面目だけど」
「知ってた」

分かりやすくよそよそしくなったように思う。その辺りになにがあったかと言えば、吉田さんから預かった飴を渡したときになにか余計なことを言ってしまったのだろうか。それともそのあと塩見さんの落とした消しゴムを拾ったことだろうか。
しかし、それまでに色々やらかしている事を考えると、今更よそよそしくなるとも思えない。いや、それらが積み重なったから今こうなったのか?

「赤葦真面目だし戻るわー」
「おー」

考えたところで答えがそう簡単に出るものでもない。俺は少しも塩見さんの視界に入れないまま、もう1度画用紙に鉛筆を走らせようとしたところで思った。

塩見さん、本当に休憩とってるのか…?

体育祭の時も思ったけど、塩見さんは自分に無頓着なところがあるように思う。階段から落ちそうになった時に受け身をとろうともしていなかったし、捻挫を隠そうとした事もあった。いつもしなくてもいい無理をしている。
そう思ったらどうしようもなく心配になってきて視界に入れた塩見さんは、なんとなく妙な感じがした。少し早いけど心配だし、片付けることにしよう。

道具を手早くまとめると、塩見さんの側に近寄った。

「塩見さん?」

俺が近寄るまでの短い時間で、塩見さんの様子は変わっていた。さっきまでは問題なさそうに画板に向かっていたのに、今では画板の前で小さく踞っていた。髪の間から覗く首は驚くほどに白いのに、うっすら赤らんでる。

「…なに?」

誰かが近付いた気配はわかったんだろう。かけられた声にほとんど力は感じられない。やっぱり休憩を取っていなかったのか、体調が悪そうにしか見えなかった。

「そろそろ時間になるから片付けた方がいいんじゃないかと思って」
「わかった。赤葦くんは先行ってて」

ようやく見えた顔色はやはり良くない。それに呼吸が浅い。

「塩見さん、体調が悪いんじゃない?」
「大丈夫」

心配になって塩見さんの腕に触れて驚いた。
この日差しの下にいたら多少熱を持ってもおかしくない。それなのに、塩見さんの腕はほとんど熱を持ってない。それに、汗をかいてない…?

「触らないでっ」

きっと振り払いたかったんだろう。だけど、たいした力をいれていなかったにも関わらず、全く振り払えていない。

「大丈夫だから、ほっといて」

自分の声が頭に響いたのか、ふらつきながら頭を押さえて俯いた。

「こんな状態の人をほっとけるわけないだろ?」
「気にしなくていいよ」

それほどまでに弱ってるのに、どうして強がるのか。

「そんなわけにいかない。ほとんど顔も上げられないような状態で何言ってるの?」
「赤葦くんには関係ない」

少しイラッとした。
ただのクラスメイトである俺が勝手に苛ついたところで、ただのキモいやつにしかならないけど。

「やだ…っ」

塩見さんの言葉にムカついたのは間違いない。

「悪いけどこのまま保健室行くよ」

体育祭の時同様、塩見さんを抱えて校舎へ向かった。今塩見さんは出来る限り全力で抵抗してるんだろうけど、正直なんの妨害にもなってない。時折意識が不明瞭になるのか、ふと完全に力の抜ける塩見さんが不安定にならないよう強く抱え込む。

「離してっ」
「無理」
「画材とか」
「クラスの奴に頼んでおくから」
「先生に」
「そんなの後でいい」

必死に訴えてくる塩見さんの言葉は全部遮った。
たぶん軽い脱水症状を起こしてる。酷くなる前に対処しないと取り返しがつかなくなる。この際嫌われたって構わない。いや、嫌われたいわけではないけど、自らの保身に走って塩見さんを失うことになるくらいなら、嫌われた方がいくらかましってだけ。

「辛いなら無理しなくていいから、苦しいなら手を伸ばしていいから」
「でも」
「大丈夫だから。何かあったら、俺が側にいて助けてあげるから」

口先だけになるかもしれない。だって、ずっと塩見さんの側にいるなんてことは到底できないから。
塩見さんが辛いときはいつだって助けてあげたいとどんなに思ったところで、俺はマンガの中のヒーローではない。助けてあげられないことの方がきっと多い。

それでも、この気持ちは間違いなく本物。



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