7月第3週目:月曜日

「4月の始め。気を使って声をかけてくれた塩見さんは知らなかったかも知れないけど、俺、塩見さんのこと知ってたんだ」
「え?」

俺が塩見さんを初めて見たのは、たぶん1年のとき。

「本当に知ってたってだけなんだけどね」
「、なんで?」
「塩見さんが俺を知ってたのと同じ」

特別美人という訳でも、誰もが目を留めるほどかわいらしいわけでもない。あえて言うなら美人なタイプ。だけど、無愛想で近付きがたい雰囲気がなにより勝る。俺に言わせるなら、そのしゃんとした姿勢と塩見さんの纏う静かな空気に、どことなく近寄りがたい清廉さを感じてた。だから噂に興味のない俺でも名前だけは知ってた。

「知らなかった?塩見さんって男子の中じゃよく話題に上がるんだ」

周りがちょいちょい話題に出すからなんとなく見たこともあった。その時は呼ばれて見せられて「ああ、あの人が噂の人か」そう思った程度。そんな程度の認識だったから、正確な時期は覚えてない。

「俺が面白いと思ったのは、そうだな…塩見さんが笑うと虹がかかるってやつかな」
「なにそれ」

それでも塩見さんの持つ雰囲気はよく覚えていた。人を遠ざけるような空気じゃなくて、ただ静かで、夏合宿で行った学校の裏にあった森みたいな空気。

「でも初めて話したあの日、俺が感じたものは虹がかかったなんてものじゃなかったよ」

今年同じクラスになって、偶然隣の席で、何を話せばいいかわからなくて黙ってたとき、塩見さんから声をかけてくれたんだ。目を会わせようともしないで正面を向いたまま、少しも表情を作ることなく名前だけ名乗って。

「勘違いだと言われたらそれまでだけど、それは間違いなく俺に新しい世界を見せてくれた」

気紛れでもなんでも良かった。それがなかったら塩見さんと話すことなんてなかっただろうね。あの日のほんの数分、いや、1言2言のことだろう。たったそれだけのことで俺の塩見さんに対する気持ちが変わったんだ。

「もしかしたらずっと気付いてなかっただけで、それよりもっと早くから始まってたのかもしれない」

たったそれだけで、人は変わるんだ。

「なにを言ってるのか、よくわからない」

漫画とか、少なくとも自分に起こることだと思ってなかったから、一瞬理解できなかったけど。

「正直俺もよくわかってない。でも、勘違いとか嘘とか、そんなんじゃないってことだけはわかる」

塩見さんと話して、出掛けて、少しずつ塩見さんを知っていって。楽しそうにしているのを見ると俺まで楽しくなる。
これが答えじゃなくてなんなんだ。

「俺、塩見さんが好きだよ」

お互いのスペースを侵さない最大限の距離の先で、塩見さんの顔が一気に赤くなった。
恥ずかしがる塩見さんは今までに何度か見たことがあるけど、ここまで赤くなったことがあっただろうか。

「な、」
「好きだから隣の席になったとき嬉しかったし、怪我をしてるってわかったときは心配になった」
「そっ」
「ちょっと無理矢理だったけど、2人で出掛けられて柄にもなくはしゃいだし」
「全然、そんなことなかった」
「そう?」

余裕なくてカッコ悪いとか思われたくないし。既に余裕なんてものはどっかに捨ててきてるから今更だけど、塩見さんにだけでも、少しでもカッコいいと思われたいのは当然だろ?

「それに、あの日食品サンプルを見てるときの塩見さんかわいかった」
「そ、うですか」

心の底から出てきた「好き」って言葉に、それが俺に向けられてないとわかっていながらも動揺した。
ああ、そう言えば、塩見さんに初めてカッコいいって言われた日でもあったな。

「急に髪切った時はどうしたのかと思った」
「あれは、本当になんとなく…」
「うん。短いのもびっくりするほど似合ってた」
「ぅ…ありがと」

もし失恋だったらチャンスかな、なんてゲスいことも少し考えた。
結果的に違ったけど。

「先週は、本当に怖かった」
「ごめん」

塩見さんも俺が何を言いたいのかわかったらしく、視線は外れて膝の上へ落ちた。

「熱中症は甘く見てると死ぬケースもあるんだから」
「…知ってる」
「それに、拒絶されたの、少し傷付いた」
「‥ごめんなさい」
「無茶しないで」

怒るつもりはないけど、本気で焦った。

「うん」
「塩見さんだから傷付いたし、何かあったらと思うのも嫌だった」

たぶんだけど、塩見さんじゃなかったらあんなに焦ったり傷付いたりなんかしなかったと思う。

「あの日塩見さんの様子が違ったから少し躊躇ったけど、塩見さんがいなくなるのと嫌われるのを天秤にかけたら、嫌われる方がずっといいと思った」

嫌われるくらいなら俺の努力でリカバリーできるかもしれないけど、いなくなってしまったらもうどうにもできない。

「意味わかる?」
「わ、かんない」

そんなはずない。表情より雰囲気で語ってくる塩見さんの表情が、今は驚くほど素直なんだから嘘なんてまるで意味がない。
でも騙されてあげる。

「塩見さんが好きなんだ」
「そ、それはさっき…聞いた…」

じわりと、距離を詰める。

「俺も塩見さんの見てるものが見たい」

そう言った瞬間、塩見さんと目が合った。
あの言葉の意味が全くわからないほど、俺もバカじゃない。

「赤葦くん…わかって…」
「真意はわからないけど、俺なりに考えたんだ。塩見さんがどんな気持ちで言ってくれたのか」

こうなったら都合よく捉えればいい。間違ってたらイタイ奴だけど。

「急かすつもりはないけど、合ってるなら答え、もらってもいい?」
「なにに答えればいいかわかんない」
「え?ああ、そっか。俺は塩見さんが好きだから、付き合ってほしいと思ってる。で、塩見さんの見てるものを俺にも見せてほしい」
「ぅ…あ…」

ここまで言ったんだから、わからないなんてことはないはず。そして、自惚れじゃなければ塩見さんの答えも見えてる。
見えてるけど、俺は塩見さんの言葉で聞きたいから。もう少し待っていてあげる。



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