7月第3週目:水曜日

席替えを、した。
誰がどんなイタズラをしたのか、また赤葦くんと隣の席になった。それ自体はどうでもいいけど。

「塩見さん」

赤葦くんの事だから、名前で呼んだりするのかなと思ったのに、今も変わらず私を「塩見さん」と呼ぶ。別に隠したいとかそんなこと言った覚えは全くないけど、きっと赤葦くんが私なんかを好いていると言うことを周りに隠したいんだろう。
そう思って私も呼び方を変えていない。

「なに?」

それなのに、いつでもどこでも誰がいても躊躇なくスキンシップを取るようになった。

「髪、伸びてきたね」

するりと。人目も気にせず、迷いなく私の髪に触れる赤葦くんにびっくりした。首や耳に触れられたわけでもないのに、ぞわりと肌が粟立った気がした。

「切らないの?」
「伸ばすから、いいの」
「そっか」

赤葦くんは私が変に緊張するのをわかっていて触れてくる。内心ほくそ笑んでいることだろう。
しかし私は絶対に表情を変えてやるつもりなんてない。変えようとしたところで、私の表情筋は仕事をしないことで有名なんだから。

「夏休み、どっか行きたいところとかある?」

赤葦くんはなんてことないように聞いてくるけど、どうやらうちのバレー部は強いらしい。なにがどう強いのかは今もよくわからないけど、聞くところによると全国区とかなんとか。

「休みはちゃんと休むべきだと思う」

だから休みが少ないと言われると納得できるけど、それなら尚更休みに体を休めなくてどうすると言いたい。
そう思ったのに、

「塩見さんは出掛けたくないの?」
「そんなことないけど、」
「俺は塩見さんと出掛けたいと思ってるんだけど」

そんなこと言われたら、行くしかないじゃない。私だって、でかけたくないと思ってる訳じゃあないんだから。

「赤葦くんはどこか行きたいところでもあるの?」
「塩見さんと一緒ならどこでも」

それすごく困るやつ。
お母さん言ってた。「晩ごはんなにがいい」って聞いたとき「なんでもいい」って答えられるのが1番困るって。今その気持ちがわかった。

「人が少ないところがいいよね?」
「それってほとんどなくない?」
「俺んち来る?」
「行かない」

いきなりなにを言うんだこの人は。バカなの変態なの?

「うん、そう言われると思った」

ならどうしてそんな事を言ったのか。赤葦くんが考えてることはよく分からない。梨恵ほどとは言わなくても、もう少し分かりやすくなってくれないかな。

「夏休みなんてどこも混んでるからな…」
「図書館がいい」
「じゃあそうしようか」

え。いいの?

「赤葦くん、どっか行きたいところあるんじゃなかったの?」
「さっきも言ったけど、塩見さんと一緒ならどこでもいいよ」

なんでそう言うことをさらっと言えるのか…いや、この人は前からそうだった。恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言える人だった。

「それにしても図書館か…」

しかし、赤葦くんは真剣な顔をして考え始めてしまった。

「図書館、やめる?」

運動部だし、どっかレジャーっぽい方が好きかな?あんまりイメージないけど、ジェットコースターとか、そういう方が好きだったかな…

「いや、なんか逢い引きしてるっぽくていいなと思って」
「はぁ?」

赤葦くんは真面目な顔をしてなにを考えてたんだ。私の考え損ではないか。

「この辺りの図書館にする?」

そうか。私と赤葦くんの家は、とてもじゃないけど近くない。そうなると学校付近の図書館がいいんだろうけど…

「赤葦くんの家の近くに図書館ある?」
「あるけど、こっちまで来るの?」
「…と、思ってる」
「帰り危ないし、俺が塩見さんの方行くよ」
「やだ」
「やだって…」

だって、近所のおばちゃんとかに見られたら恥ずかしい。すぐ噂になって、あっという間に中学の同級生にも広まるんだもん。絶対やだ。
学校近くなんて、それこそ休み明けに同級生に冷やかされるのが見えてる。冷やかされるだけならいいけど、面倒なことに発展しそうでやだ。

「じゃあ帰りは送るからね」
「え」
「俺ん家の方まで来てもらうんだから、それくらいさせて」
「でも私が行くって言ったし」
「電車の中でまた転びかけたらどうするの」

きっとそれは、一緒にでかけた日の事を言ってる。電車の揺れに堪えきれなくて、転びそうになったところを助けてもらった。

「こ、ろんだりしない」

そうそうバランス崩したりなんかしないし、頻繁にあんなことされたら頭爆発する。
て言うか、え?赤葦くんも電車乗るの?それなら私がそっちまで行く意味なくない?結局見られるじゃん。

「俺としては心配なの。だから送らせて?」

そう言うと、意図も簡単に私の手を赤葦くんは握りこんでしまった。
私のものよりひとまわりも大きい赤葦くんの手にかかれば、私の手なんて簡単に姿を隠してしまう。その瞬間、強く意識してしまう私と赤葦くんの違い。それを私がどんなに苦手と思っているのか、赤葦くんはわかってやってるんだと思う。好きだと思う人にこんなことされて、そんなこと言われて、少しも嬉しいと思わない女子はきっといない。計算でやってるなら性格悪い。
それなのにうっかりほだされてしまった私は、バカの極みなんだろう。

「わ、かった」

言葉が詰まる。暫く赤葦くん見れない。絶対見ない。ホント恥ずかしい。
ふと視線を外した先に、石原さんと安斎さんがいた。石原さんはにやけながら親指を立ててた。安斎さんはなんだか親戚の叔母さんみたいな笑顔をしてた。

見られてた。

「や…だ」

恥ずかしい。きっとなにか言われる。石原さんたちはたぶん大丈夫だけど、他はそうじゃないかもしれない。

「え?」
「こういうの、やだ」
「なんで?」
「離して」
「ヤだ」

手は離れず更に強く握られてしまった。

「塩見さん、男子に意外と人気なんだ」
「し、知らない」
「だと思う。だからこうするんだよ」
「…なんで?」
「塩見さんは俺のって、みんなに見せつけてるの」
「は…」

バカだ、この人。

「別にそんなことしなくても大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない。塩見さんのそう言うところが心配なんだよ」

なにを心配されてるのかわからない。

「そうやってわからないって雰囲気出すのやめて」
「出してない」
「最近の塩見さん、雰囲気柔らかくなったって噂になってるんだよ?」
「知らない」
「だから心配にもなるの。わかって」

よくわかんないけど、わかったふりしておこう。

「…まぁ、図書館来てもらう時は送るけど」

頷いても赤葦くんの回答は変わらなかったけど。

「迷惑とか考えなくていいから。俺が塩見さんと少しでも長く一緒にいたいだけだから送らせて?」

そ、れは。今言わなくてもいいやつ。

「じゃぁ、お願いします」

いつか絶対にやり返す。私ばっかりこんな恥ずかしいの、やだ。

「夏休みも部活ばっかりだけど、図書館行くのは1番はじめの午前練の時でいい?午後からなら空けられるから」
「うん」
「お昼食べてくる?」
「赤葦くんは?」
「弁当持ってくるか、コンビニで買うかかな」
「みんなで食べないの?」
「マネージャーは帰るし、他のやつも帰ったり食べたり自由かな」
「じゃあ一緒に食べよ」
「わかった」

赤葦くんは、実はよく笑う。
例えば今。薄くではあるけど、とても嬉しそうに、楽しそうに笑うのだ。

「1日オフの日は、ちゃんと出掛けよう」
「うん」

とは言え、私も夏休みが楽しみなことに間違いないんだけど。



想像力と行動力が豊かすぎます
(今年とは言わないけど、海かプール行きたいね)
(私、前に泳げないって言った)
(うん。だからだよ)
(イジメ…?)