4月第1週目:木曜日

始業式が終わってまだ数日。高校生活も2年目となると、流石に慣れるものだなと実感していた。

「透子ーっ!」

友人と呼べる相手がほとんどいない私にこんなテンションで話しかけてくるのは、少なくともこの学校にはたった1人しかいない。

「なになに?また難しいの読んでるの?」
「別に難しくはないと思うけど」
「透子の好きな本は肌にあわないからね!わたしには難しいのだよ!」

本を閉じて、床にしゃがみ机に顎を乗せた友人に視線を合わせる。いくらか喧しいけど、存外この友人のことは嫌いではない。

「ど?今年は友達できそ?」
「別にいなきゃ困るものじゃないから」
「またそんなこと言って!」

そう。困らない。
興味のないことに興味がある振りをするのは疲れる。適当に話を合わせる必要性がわからない。必死に背伸びした化粧を、トイレで並んで直す姿に疑問しか感じない。無理をして双方不愉快な思いをするなら、面倒な柵が付きまとうくらいなら、ひとりの方が気楽で好き。

「忘れ物したらどうするの?」
「忘れ物しない」
「そーじゃなくってぇ!」

遂に頭を抱えはじめた。
どうして私のことなのに、他人である友人がこんなに悩んでいるのか。どうにもこの友人は世話焼きが過ぎる傾向がある。あまり度が過ぎると、いくら交遊関係の広い友人と言えどこのままでは嫌われてしまうのではと少し心配になる。

「無表情だからダメなんだよ!普段からもっと笑わなきゃ!」
「面白くもないのに笑えない」
「無表情な透子恐いんだもん!近寄るなオーラが出てるって言うかさっ」

感情的になりやすいこの友人は、日頃からよく手が動く。ジェスチャーなんかも得意に見えるが、こうなるととても困る。そんなに机を叩かれても私はどうしたらいいのやら。
そんなオーラ出してるつもりもなければ引っ込め方も知らない。

「おはよう。なんかすごいね」

困っていたら赤葦くんが登校してきた。朝教室に来てみたら、隣の席に見ず知らずの喧しいのがいるのだから、さぞや驚いていることだろう。

「おはよう赤葦くん。朝から迷惑かけてごめん」
「赤葦くんもそう思うよね?!」
「え。なにが?」

あろうことか、この友人は赤葦くんに絡み始めた。酔っぱらいか。

「もっと笑えばいいと思わない?!」
「誰が?」

鞄から机に教科書を移しながらも話を続ける赤葦くんに、少しだけ驚いた。無視するとは思ってなかったけど、こう、ちゃんと対応すると思わなかったから。

「透子!」
「ああ…」
「でも赤葦くんも透子と同じタイプだからわかんないか」
「ちょっと梨恵、それは失礼」
「こりゃ失敬」

何故かこの友人は、面識があろうとなかろうと、基本的に誰が相手だろうと同じ対応をする。流石に目上や全くの他人にはそんなことしていないと思うけど、見ていないので定かではない。

「ちゃんと謝りなさい」
「ごめんね?赤葦くん」
「いや、いいよ。それに俺もそう思うよ。あんまり人のことは言えないけど、塩見さんは笑えばもっとかわいいと思う」

なにか真面目に考えていると思ったら、とんでもない爆弾を落としてくれた。
もしかしてこの2人、過去に面識があったのだろうか?それならさっきの友人の対応も納得がいく。

「だよねっだよねっほら透子!赤葦くんもこう言ってるんだしさ!笑おーよ!」
「いや、無理に笑わせてもダメだと思う」
「無理にでも笑わなきゃ透子は笑わないよ!」
「君は、えーっと…?」
「吉田梨恵だよ!透子の親友!」
「やめて恥ずかしい」

面識なんてなかった。思いっきり初対面だった。そしてそんな恥ずかしい自己紹介しないで欲しい。

「赤葦くんは大丈夫!知ってるから!なんせ2年で副主将になった期待のセッターだからね!」
「…そう」

これ赤葦くん引いてるよね?
いくら喧しくて世間とずれているとしても、なんだかんだで私はこの友人のことが大切らしい。

「梨恵、HRの時間になるから戻って」
「えー」

赤葦くんの友人に対する第一印象が最悪でも、なんとかフォローしようと思うくらいに、私はこの友人のことを大切に思っているのだ。

「教室が真反対なんだから急いで。担任廣瀬先生でしょ?」
「後で絶対また来るからね!」
「はいはい。後でね」

なかなか戻りたがらない友人をなんとか追い返して、ようやく一息ついた。教室のあちこちで相変わらず話し声がしているのに、今までが喧し過ぎたのかざわめきが嘘のように静かに感じる。

…今日1日、もうこの状態でいい。まさか本当に来ないよね?知り合いが多いだけで友達いないパターンじゃないよね?すごい不安になってきたんだけど。

「今のが噂好きな友達?」
「…え?」
「ほら、始業式の時に言ってた」
「ああ、そう。そうなんだけど、まさか赤葦くんに迷惑かけるとは思わなくて」
「全然迷惑とかじゃないから、気にしなくていいよ。ちょっと面白かったし」

赤葦くんは笑いながらそう言った。残念ながら私には、先程のなにが面白かったのかまったくわからない。でも、赤葦くんの中で友人がカースト最下位にされていないようでひとまず安心した。

「こんな言い方は失礼かもしれないけど、塩見さんも、ちゃんと笑ったり困ったりするんだね」
「するけど、どんな表情してるかはよくわかんない」
「さっきの…えっと、吉田さん?」
「うん」
「吉田さんと話してる時の塩見さんは、たぶん塩見さんが思ってる以上に表情豊かだよ」

知らなかった。そんなこと友人にも1度だって言われたことがないから、全く知らなかった。なんだ、私の表情筋はまだ死んでなかったのか。もしや使わないうちに、完全に機能を停止してるのではと本気で心配してたのに…心配して損した。

「さっき言ったことも本当の事だし」
「さっき?」
「うん。塩見さんは笑ってる方がかわいいってやつ」

ああ。そんなこと、友人の流れるような喧しさで忘れてた。
2度も言わなくていい。もう間に合ってます。返却させてください。まだクーリングオフ期間だもん。できるできる。

「それは、どうも」

やっぱり、他人と関わるのは苦手だ。



あと3時間で恋に落ちる予定です