4月第2週目:水曜日

「えー、一部から席替えをしろと声が上がったので席替えしまーす」

塩見さんとぽつりぽつりと話す仲になった頃、突然の担任の言葉に教室が一気にざわめきだした。

「体育祭の種目も前回決めて、ぶっちゃけやることねぇんだよな。だからいんちょー頼むわ」

担任が窓際に陣取ると、教卓には先日決めた学級委員が2人並ぶ。手には遊園地のおみやげだろうクッキー缶。

「くじはここに作ってあります!これから黒板にランダムに数字を振っていくので、そこに移動。くじの交換はなし。再利用するのでくじは捨てないで返してください。以上!名前順に引きに来てー」

名前順だと、基本的に1番初めに引くことになる。何度か2番目は経験してるけど、それより遅くなることは滅多にない。
周りの空気に急かされながら、急ぐことなく教卓まで歩く。クッキー缶から適当なくじをひとつ摘まんで、黒板を見ないで席に戻る。
どうせまだ書き途中だし、それなら後で確認してもなんの問題もない。席に戻ってくじを手のひらで弄びながら、代わる代わるくじを引かれるクッキー缶を眺めた。
こんなこと言う必要もないけど…強いて言うなら、もう少しだけこの席でいたかったってことくらい。

「赤葦はどこがいい?」
「どこでも。でもあんまり前だと後ろの人の迷惑になるから、できたら後ろの方がいいかな。それか端の席」
「お前デカいもんなー。今いくつよ」
「180」
「10cmよこせ」
「無理」

くじを開いてないし、数字もまだ全部入ってない。塩見さんはくじを机の上に無造作に置いて、本を読み始めてる。

「赤葦ほどデカくなくていいから、せめて平均は欲しいよなー」
「まぁ女子と並んで男の方が低いってのは、なんか嫌だよな」
「そーそー」

そう言えば、音駒のリベロの人に身長の話は禁句だって弧爪が言ってたな。小見さんもやっぱり気にしてるんだろうか。

「お、ちょっといってくるわ」
「おう」

俺は考えたこともなかったけど、女子は自分より背の低い男は嫌だったりするんだろうか?ドラマでも漫画でも、いつも女子の方が小さいってことは、そう言うことなんだろうと思う。直接聞いた訳ではないから、それが本当はどうか知らないけど。

「赤葦キタ!俺キタわ!」
「よかったな」
「席替えとかとーぶんなくていーわ」

俺は席替えが始まった瞬間に同じ事を思ったよ。黒板を見ながらくじを開く。座席表はいつのまにか数字で埋まってた。

「あれ?いっこ余った?」
「それおれの…」
「安田まだだったの?どっちにする?」
「え?どっちでも」

学級委員2人が話す向こう側を見る。新しい席は1番後ろ。これなら誰にも迷惑をかけずにすみそうだ。

「よし。みんな自分の席に移動してー」

早いやつはもう移動が終わって、新しい隣近所と話してる。俺も早いとこ移動しないと迷惑になる。
今度の席は廊下から3番目、ちょうど教室を半分に区切ってギリギリ廊下側の1番後ろになる。隣近所は誰になるのか。心なしかソワソワしている気がする。

「よろしく」

ざわつく教室をぼんやり眺めていたら、かけられた声に、弾かれたように顔をあげた。

「…驚かせた?」
「いや、大丈夫。よろしく、塩見さん」

教室を半分に区切ってギリギリ窓側、つまり俺の左隣はまた塩見さんだった。
まさかまた塩見さんと隣になるとは思わなかった。気付かれないようにこっそり見ると、塩見さんは相変わらずの無表情で正面を見据えていた。

「お!隣は赤葦か」
「寝ても助けてやらないからな」
「そんな冷たいこと言うなよ!」

右隣は、よく言えばムードメイカーなやつだった。楽しいこと至上主義で、今も近所に声をかけまくってる。とてもではないが、俺には真似できそうにない。
でも、少しだけ頑張ってみようか。

「…塩見さん」
「なに?」
「すごい偶然だね」
「うん。ちょっとびっくりした」
「ね」

話していると、塩見さんは本当に小さくだけどよく笑ってくれる。もしかしたら気付いてないだけで結構普段から笑ってるのかもしれない。だからってそれを誰かに教えたりはしないけど。

「同じクラスになってすぐに2回も隣になるなんて、すごい偶然。奇跡かな」

偶然。奇跡。今の状況を示す言葉はまだたくさんあるだろう。なにか言葉でこの状態を説明しなくてはいけないなら、俺は…

「運命の方が、俺はいいかな」



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