5月第2週目:水曜日

「やっぱり腫れてる…無理するから」
「ちょっとひねっただけだし、大丈夫かなと思って」
「とりあえず冷やしてて」
「はい」

あのあと私は、赤葦くんに抱えられたまま救護テントに向かったところ「ここじゃ無理だから保健室に」と追いやられました。結果、赤葦くんに抱えられたまま校庭を一周しました。

人生初のお姫様抱っこをまさか16で体験するとは思わなかった。漫画かと思った。
抱えられた瞬間周りの悲鳴に混ざってやたら赤葦くんを呼ぶ声と、同時に友人の私を呼ぶ声も聞こえた。もうすでに怖くて仕方ないんですけど。校庭に戻りたくない。

ああ、そう言えば走り始めるとき、声をかけてくれてたな。掴まってって言われてもどうすればいいかわかんなかったけど。体操着掴むにしても伸びるからちょっとにしたんだけど、それがダメだった。不安定すぎて怖かった。そもそも、私がこんな経験したことがおかしいのだ。

「大丈夫?」
「え?ああ、うん。大丈夫」

赤葦くんの声に意識を手繰り寄せると、ベージュのテープを持って戻ってきた。

「塩見さんって肌弱かったりする?」
「どうかな…あんまり意識したことない…」
「それなら大丈夫かな?テーピングするから、靴下脱いで」
「はい」

ちなみに私は体育でも紺のハイソックスを着用している。友人はくるぶしじゃないと運動が出来ない質らしく、何度邪道だと言われたことか。個人の趣味であり、ハイソックスと言う防御無くして怪我を防げまい。せめてもの抵抗に布を被せていてもよいではないか…なんて言ってみても、怪我は全く絶えないんだけど。

おとなしくテープが巻かれていくのを見ていると、少し不思議な感じがした。運動とはほとんど縁のない私が、運動部の人に運動部っぽいことをしてもらっている。なにか状況がおかしい。

「動かしづらいとかない?」
「うん。テーピングってすごい」

終わったのか赤葦くんが私を見上げてきた。少し動かしてみるけど、ひねったから違和感こそあれ痛みはほとんどない。これなら歩くのも問題なさそう。

「それでも応急処置だから、今日はもう足首動かさないで、放課後病院に行って」
「少しひねっただけだし、大丈夫」
「そのちょっとで靭帯を痛める可能性があるんだから、絶対に行って」
「…はい」

赤葦くん、怒った…?そうよね、運動部だったら怪我に敏感になるよね。

「ごめん、強く言い過ぎた」
「いや、私こそごめん」
「でも怪我が長引くと困るだろうから、」
「うん。ありがとう」

赤葦くんは優しい。今もそうだけど、階段から落ちそうになった時も助けてくれた。実は授業中も、解んない問題に止まってるとヒントをくれる。
あれ?そう言えばあのとき、なんか話した気がする。体育祭やだって話して…

「…あ」
「怪我しないでって言ったの、思い出した?」

そうだ。そんなこと言われてた。

「その節…いや、たびたびご迷惑おかけしまして」
「気にしないで」
「よく考えたら、赤葦くんにはよく助けられてるなぁと気付いたの」
「…そう?」
「そうだよ」

自分の優しさに気付いていないだと?赤葦くんは天然さんかな?

「日頃の感謝も込めてなにかお礼をしたいんだけど、クッキーとか好き?」
「うん。嫌いじゃないけど…」
「…けど?」

赤葦くんはなにか考えているのか、黙りこんでしまった。
座っている私からはなにやら思案顔の赤葦くんがとてもよく見えるのだが、いやはやこれがまた困った。女子が色めき立つものわかる。賢くて運動神経良くて優しくて、かっこいいとかわいいの中間でそのどちらも兼ね備えてるとか、なにそのハイスペック。

…おや?そのハイスペック人間赤葦くんに女子の夢であるお姫様抱っこをされてしまった私は、もしかしなくても近いうちに死ぬんじゃなかろうか。死んだな。

「そのお礼、少し待ってもらってもいい?」
「いいけど…準備に時間かかるもの?」
「かからないけど、俺がちょっとわからないから」

赤葦くんがわからないこと?
食べたことないけど食べてみたいお菓子とか?あ、それともなんかお弁当的な?そんなにうまく作れないと思うから、私も知ってて尚且つ簡単なやつだといいんだけど。

「IHが終わってからになると思うけど」

赤葦くんは、戸惑いながらもようやく口を開いた。
そうか、お礼するにしてもタイミングがあるよね。うちのバレー部強いっぽいし、邪魔にならない時を選んでほしいってことかな。

「うん」

なにが欲しいのか先に教えてくれれば、練習もできるからこちらとしてもとてもありがたい。

「今度一緒に出掛けない?」

…うん?

「部活の休みがほとんどないから、いつになるかわかんなくて塩見さんには申し訳ないけど」
「えっと、ちょっと待って」

今回のお礼を私がする。どんなのがいいかは赤葦くんに決めてもらう。ここまではいい。それが、おでかけ?

「それは、誰と?」
「俺と」
「赤葦くんと?」
「うん」
「誰が?」
「塩見さんが」

おやおや?

「ふたりで?」
「うん」

おお、なるほど。そういうことか。

「塩見さんが嫌ならいいけど」
「いや。あ、違くて、いいんだけど。その、」

赤葦くん、キョトンとしながら首をかしげるととたんにかわいくなるのね。びっくり。先輩方からも人気ありそうだわー…じゃなくて!

「ほら、いろいろ噂とか」
「あ。そっか。気になるよね」
「いや、赤葦くんに悪いかなと」
「どうして?」

いや、どうしてと聞かれるとあの、ほら。わかんないんだけどね?

「彼女さんとか」
「いないから大丈夫」

あ、そうですか。

「いたらこんなこと言わないよ」
「そう、だよね」
「塩見さんが嫌なら無理にとは言わないけど」
「そんなことない、全然大丈夫っ」

そのしょぼんとした雰囲気は禁止させて頂きたい。なんだかすごく悪いことしてる気持ちになるから。

「じゃあ、休みがわかり次第連絡するから、連絡先交換しない?」
「うん。えっと、教室戻ってからでも…」
「うん」

…なんか、いつの間にかおでかけ確定。ついでに連絡先交換なんてすることになりました。押しに負けたとも言う。

「戻ろうか」
「あ、うん」

帰りはさすがに歩いて戻ると言い切って、ゆっくりながらもふたりで並んで戻ることになりました。
戻らないのも怖いけど、戻るのも怖い。

「…楽しみだな」
「どっかでかけたいところでもあるの?」
「そうじゃないけど、塩見さんとふたりで出掛けるのが楽しみ」

そう言う赤葦くんは嘘をついているようには見えなくて。なんと言うか、遠足2日前とか、給食に好きな食べ物が出る日の子供みたいな顔をしていて。

「…そっか」

なんとなく直視できなくて、私は足元を気にするふりをするしかなかった。



恥ずかしくないんですか?そういうの