6月第2週目:土曜日

満員電車に揺られて辿り着いたのは、今流行りのスカイタワー。真下から見上げていると首が痛くなること必須だろう。実際かなりきつい。
正直に言うと、人が多いところはあまり得意ではない。私の表情筋が仕事をしないせいか、変に絡まれることが多いから。それなのにどうしてこんなところにいるのか。

「どっか気になるお店ある?」

現在、赤葦くんとおでかけの約束を果たしているからだったりする。
満員電車から降りるとすぐに、ホームに向かうまでの短時間の続きと言わんばかりにナチュラルに私の右手をさらっていった。ついでに電車ではバランスを崩した私をさらっと助けてくれた。なんだただのイケメンか慣れてますね。

私はいちいち恥ずかしくなるのも疲れると知ったので、私が知らなかっただけで赤葦くんは元々こういう人なんだと、世間一般ではこんなことなんてことないんだと認識を改めることにした。
そうでもなきゃあ、今日1日やっていられない。頭パンクしちゃう。

「うーん…」
「順番に見ていく?上に着く頃にはちょうどいい時間になってるかも知れないし」
「うん」

案内図を見ながら下から順繰りに歩いていく事に決めた。観光向けなのかサムライって感じのお店やキャラクターもののお店、それにブランド店なんかも入ってる。

「なんか、渋谷とか池袋みたい」
「ね。こんなにいろいろあるとは思ってなかった」

これなら毎回サイズの心配をしながらネットで買わなくてもよくなるかも。近くはないけど都心ほど遠くないし。

「…見る?」
「ん、大丈夫」

個人的な買い物は今度でいいかな。男子は女子の洋服を見てたってつまんないだろうし。

それからいろんなお店を覗いて回った。簪の専門店。靴屋さん。駅とかによくある感じのお土産屋さんっぽいところ。それと…

「…見ていく?」
「…うん」

食品サンプルのお店。壁に行儀よくお寿司が並べられた寿司桶が貼ってあるのを見つけて、無意識に歩みが遅くなっていたらしい。赤葦くんが気を使って声をかけてくれたのに甘えて、手を繋いだままの赤葦くんを引きずるようにふらりとお店に吸い込まれていく。
よくあるフォークが浮いてるパスタやトースト。魚の模型みたいなものまである。共猪口に立ったお寿司はどこかおもしろいのにすごくリアリティーがある。しゃりに染みるお醤油に、それ故に少し崩れてる感じとか…美味しそう。
カードスタンドはケーキにロウソクを刺してるようにも見えるし、よく見ると壁には磁石が埋め込まれてる和菓子や焼き魚がある。ストラップは大きいものから小さいものまで多種多様。あ、ピーマンの肉詰め…

「わ、みてみて」
「ん?」

見つけたのは厚みのある3段重ねのパンケーキ。デザート系とフード系があるけど、なんとなく手に取ってみたら1番上だけ取れた。すごい、これすごい。

「これ、小物入れになってる」
「へぇ…初めて見た」
「私も初めて見た。これすごい」
「こっちに塩見さんが好きそうなのあるよ」
「どれ?」
「これ」

赤葦くんが見つけたのは自分で作る、俗に言う食品サンプルキットってやつ。
もう声がでない。すっごいほしい。買って作ってもお母さんにものすごく怒られるだけだから買わないけど。

「絶対好きだと思った」
「すごい、よくわかったね」
「塩見さん美術部だし、興味あるだろうなとは思った」
「うん…好き」

見てるだけでも満足なのである。素敵空間ありがとう。これ以上付き合わせるのは赤葦くんに申し訳ないので、また今度ひとりでゆっくり来るよ。
そう心のなかで呟いて、退屈してるだろう赤葦くんを連れてお店を出ようと思ったら、進めなかった。

「赤葦くん…?」

忘れてたけどずっと手を繋いだままだから、赤葦くんが止まってしまうと私も動けない。

「あの…?」
「あ、ごめん、なにか買わなくていいの?」
「うん。お母さんこういうの好きじゃないから」
「そうなんだ」

こんなときまで私を気遣ってくれるとか本当に優しい。できすぎくんか。なんて思っても私は買わない。実際家にあっても私が楽しいだけだから、買わないよ…!
とてつもなく後ろ髪を強く強く引かれる思いで、その場をなんとか立ち去った。

「塩見さんすごく楽しそうだった」
「え」
「いつもそうやって笑ってたらいいのに」
「笑ってた?」
「うん」

それは…全然気付いてなかった。そうか、私さっき笑ってたのか。楽しそうに見えたのか。

「笑ってる方がいいよ」
「でも、どうやって笑えばいいのかわかんない」
「じゃあ部活のこととか食品サンプルのこと考えてみるってのは?」
「それはそれで微妙…あれ?そう言えば私赤葦くんに部活の話したことあったっけ?」
「あー…吉田さんと話してるのが聞こえた…」

ああ、梨恵と話していた時か。元気なことはいいことだと思うけど、彼女は少しうるさいのが玉に瑕だと思う。

「梨恵、声大きいから。いつもうるさくしてごめん」
「うちの先輩も似たようなものだから、大丈夫」

…大丈夫じゃないと思う。

「少し休憩する?人混み歩いてるから疲れただろうし」
「え、いや」

私の返答はハナから求めていなかったらしい。赤葦くんはゆるりと私の腕をひいてカフェに入ってしまった。
皆さんご存知だろうセイレーンがモチーフらしい、若者に人気の有名コーヒー店。セイレーンは知らないかもしれないけど、まぁなんとなくみんな伝わるよね。例に違わず私も嫌いじゃない。ただ、学生には高いと思うから頻繁には来ないけど。

「なんにする?」
「えーと…赤葦くんは?」
「見ながら考えようかなって」
「じゃあ、一緒に行く」

席を取ってレジに並びながらメニューを見上げる。そんな短い間でも、赤葦くんの手は離れない。時おり赤葦くんの指先が手の甲を撫ぜる。私の指先は関節辺りまでしか届かない。
手、おっきいんだな。指だって骨っぽくて長くて、やっぱり男の子なんだなぁ…なんて思った…ら。恥ずかしくなってきた。

やめだやめだ。そんなこと考えるのはやめ!目の前のことを考えるのよ!
よし…今日はどうしようかな。なんにするか決めないで来るなんて初めてだから迷う…ダークモカチップクリームか抹茶クリームか…久し振りにバニラクリームも捨てがたい…後悔はしたくない。

「塩見さんはよく来るの?」
「そんな頻繁には来ない。高校生にはお安くないし。赤葦くんは?」
「初めて来たからよくわからないんだよね」

初めてなのか。なんか勝手なイメージだけど馴れてそうだなと思ってたよ。ほら、電車とかも馴れてたしね。

「オススメとかある?」
「甘いの大丈夫?」
「…甘すぎなければ」
「そっか…」

赤葦くん、私甘党なんだよ?砂糖食べても辛くないレベルなんだよ?そうでなくても味覚には個人差があるんだよ?そんな丸投げにして激甘なやつが出てきたらどうしようとか思わないの?そんな楽しそうな顔されたらそんなことできないけど。裏切れないけど!

「冷たいのとあったかいのどっちがいい?」
「塩見さんは?」
「私はいつも冷たいのかな」
「じゃあ俺も」

今更だけどさ、私服めっちゃ似合ってますね。詳しくないからなんとも説明できないけど、身長高いし…こう、なんだ、イケメンですね。こんなちんちくりんが隣に並んでごめんなさいすみません申し訳ありません。

「いらっしゃいませ、ご注文はいかがしますか?」
「アイスのキャラメルスチーマーを氷少なめ・ミルク多め、ヘーゼルナッツシロップ追加で。あとコーヒーフラペチーノにエスプレッソショット追加で」
「ご一緒にお食事はいかがですか?」
「…なんか食べる?」

あいにく、私には男子がどれくらいでお腹がすくのかわからない。

「なくても大丈夫かな」

じゃああれば食べるんですね。わかりました。

「これ一緒に」
「ありがとうございます。お会計はご一緒でよろしいですか?」
「はい」

私は赤葦くんが財布を開くよりも素早く2000円を出して店員さんに寄せる。

「え、」
「私が全部選んだから、赤葦くんはいい」

…あれ?これって赤葦くん的にはあんまりよくないやつ?
でも赤葦くんは何ひとつとして注文してないし、私が選んだやつが口に合わなかったらお金払わせるなんてとんでもないし。カップシナモンロールだって私が食べたかっただけだし。

「左手のライトの下でお待ち下さい」

店員さんは少しも表情を変えることなくマニュアル通りに声を出した。それにならいお釣りをもらって移動すると、無言の赤葦くんが後をついてくる。

怒ったかな?怒らせたかな?
そもそも男子どころか他人とこうしてでかけることがもう珍しいのに、赤葦くんとでかけるとわかった時点で梨恵に相談しておくべきだった。でも相談すると貴様は拡声器かと言わんばかりの拡散能力があるから、おいそれとお気軽に相談しようものなら、私は明日の日の目も拝めないようなことになってしまいかねない。

「塩見さん、」
「ごめんなさい」

無駄に巡り続ける思考を中断して怒られる前にすぐ謝る。
これ大切。

「え?」
「え?」

顔を見合わせてふたりで首をかしげる。
あれ?違った?怒ってない?

「塩見さんがどう勘違いしてるかわからないけど」
「はい」
「すごいね」
「え?」

私の首は梟よろしく更に倒れる。
なにがどうすごかったのか全くわからない。赤葦くん注文するお店行かないの?ファーストフードとかさ。

「なに頼んだのかは全くわからなかったけど、呪文みたいなことスラスラ言って店員さんもわかってるみたいだったし」

あ、そっちか。

「よく頼むやつだから、馴れてただけ」
「そっか」

初めて聞くとびっくりするよね。私も昔はびっくりしたもん。どれを足したらいいのかわからなくて、順番が来ても決められないでレジで唸ってたのが懐かしい…

「でも次は出すから」

…なんて思ってたら、赤葦くんの声が違った。

「ぅ、でも」
「でももだってもなし。いい?」
「…はい」

やっぱり怒っているようです。
払ってもらおうなんてはじめから少しだって思ってなかったけど、やっぱりよくなかったよね…

「お待たせしました。アイスのキャラメルスチーマーの氷少なめミルク多めヘーゼルナッツシロップ追加と、コーヒーフラペチーノにエスプレッソショット追加でお待ちのお客様」
「ありがとうございます」

私が小さく返事をしたタイミングでフラペチーノができて、赤葦くんはそれを受けとると席まで戻ってしまった。私はカップシナモンロールを手に追いかける。

「ご、ごめんね赤葦くん。私、赤葦くんのこと考えてなかった」
「塩見さんの気持ちもわかるけど…」
「…けど?」
「これ、どっちが塩見さんの?」

突然話変えてきた。赤葦くん、意外とわかりやすい。どっちかなんてなんとなくわかってるでしょうに。
だからといって掘り下げたり追及なんてしないけど。怒られるのは嫌だから。

「赤葦くんがコーヒーフラペチーノ。黒い方ね」

久し振りのキャラメルスチーマーを口にする。うん、安定しておいしい。しかし、やはりキャラメルソースも追加すればよかったやもしれない。

「へぇ…」
「あ、飲める?甘すぎない?苦くない?」
「うん。飲みやすい」

よかったぁ。
これで口に合わなかったらどうすればいいのかわかんなかったよ甘くするのはできるけど、苦くはできないからね。

「…塩見さんはすごいね」
「え、」
「こういうとこに馴れてるって、やっぱり女子だなぁって思って」

いや、それは…さすがに偏見かと思うけど。

「…カッコ悪…」
「そんなことない」

赤葦くんの小さな言葉を拾って否定する。それだけは違う。全然全くもって違う。

「赤葦くんはかっこいいよ。私が好きそうってだけで興味ないだろう食サンのショップに入ってくれるし、私が人混み得意じゃないって気付いてここに入ってくれた。待ち合わせのときも、電車でふらついたときも、人混みを歩いてるときも、ずっと私のこと気にかけてくれてた。そんな赤葦くんがかっこわるいわけがない。少しもかっこわるくない。かっこいいよ、赤葦くん」

私は必死だった。なんでこんな必死になるのかわからなかったけど、赤葦くんが勘違いしたままなんて絶対にダメだと思った。

「あの…塩見さん」
「なに?」
「声…」

赤葦くんはなにやら左手で顔を隠している。はてなんのことやらなんて思ったけど、近くの人が笑っているのをなんとなく感じ取ってしまった。
私は梨恵ほど声が大きいわけではないけど、潜めたりもしなかった。要するに、いつもと同じく普通に話してしまった。しかも感情のままに。意識してなかったからわからないけど、もしかしたらいつもより声が大きかったのかもしれない。それでなくても店内はざわついてこそいるものの、どちらかと言えば静かな方に分類される。まさかと思い赤葦くんの隣の席の人、要するに私のはす向かいの人を見ると、なんだか微笑ましげに笑っているのが見えた。

ああ、やってしまった。恥ずかしい。私はなんてことをしでかしてしまったんだ。謝罪したかっただけなのに自らその罪を重くするとは私はドエムだったのか。私刑希望者だったのか。知らなかった。

「ご、ごめん…」

暑い。自分の顔が赤くなってるのがわかる。たぶん赤葦くんも同じ気持ちだろう。いや、赤葦くんはとばっちりを受けただけだからもっと恥ずかしいかもしれない。
まさか私だけならまだしも、赤葦くんまで巻き込んでしまうとは…死んで詫びるしか手段はないように思うのだが、皆の者、いかがだろうか?あ、それはよくないと。そうですか。

「でも、ありがとう」

左手で隠しきれない耳が、真っ赤になっていることに赤葦くんは気付いているのだろうか。



照れ隠しと思ってもいいですか?