「木兎さーん!お疲れ様でーす!」
跳ねるようなソプラノ。部員のものではないそれに、今更驚いたりしない。
「おー!榊もお疲れ様ー!」
「今日も来たわねぇ、木兎の応援隊長」
「これ持ってくー?」
「はい!」
いそいそと靴を履きかえて駆け寄る小さな姿に、マネージャーは何食わぬ顔でドリンクとタオルを渡す。そしてそれを持って木兎さんに駆け寄る。
寸分違わずいつもと同じ。
「なんだっけ、えーっと」
「榊ですか?」
「そうそう!赤葦よく覚えてたな」
「同じクラスなんで」
榊が木兎さんと関わるきっかけは、担任から俺へ渡すプリントを体育館へ持ってきてくれた事。
あの日木兎さんの調子が一段と良くて、榊が来たときにちょうど小休止を入れていて、たまたま監督と俺がメニューについて話をしていて、マネージャーは次の試合形式の練習の準備をしていて、偶然テンションの高い木兎さんが入り口にいて榊と話した。
たったそれだけのことで、榊は木兎さんのファンになった。
「あの子が来ると木兎のテンション落ちないから楽でいいわー」
「そうですね」
無条件に木兎さんを応援するから、最近では榊が来るだけでテンションが戻る。
それが悪いわけではない。滞りなく試合が運ぶのも、木兎さんのスパイクが容赦なくコートに叩きつけられるのも問題ない。
問題があるのは、俺の方。
「調子よすぎると俺の出番なくなるのは考えものだけどな」
「そこは調節します」
「お前も大変だな」
一瞬、どきりとした。
まさかバレてはいないと思うが、いつどこからバレるかわかったものじゃない。バレたらこの人たちは絶対に弄ってくる。
「でっかい子供のお守りしながら試合組み立てるとかしんどいだろ」
そんな心配は杞憂に過ぎなかったらしい。内心胸を撫で下ろしたのも気付かれてはいないだろう。
「いえ、すでに一緒に考えるのが癖になってるので手間でもなんでもないですよ」
「ホント赤葦すげーわ」
榊がここに来るようになった頃、まだシューズを持ってきていなかった。持ってくるようになったのは、木兎さんが心配したからだ。
流れ球が当たらないとも限らないここで、滑りやすい足元だと避けることもままならないから、もしも学校に置いてあるなら持ってきた方がいい。そんな感じのことを言っていた。
周りは珍しくまともなことを言ってると感激していたが、そんなことは正直どうでもよかった。
怪我をされたら困る。きっとそんな程度だったんだろう。でもなにを思って言ったのか、真意はその時の木兎さんにしかわからない。榊がどう受け取ったのかが問題。
「あかーしー!トス!」
「俺はトスじゃありません」
「小学生と先生かよ」
「いーから!練習!」
「はいはい」
若干早いけど、まぁ早すぎるわけでもない。
このまま木兎さんがへそを曲げるくらいなら、少し早く始めて疲れる方が幾分か楽だな。
「赤葦、がんばれ!」
「うん」
こんな、たった一言で簡単に浮き沈みする。これほど面倒なことはないのに、コントロールすることができないんだから厄介で仕方ない。
「赤葦ー、いートスよこせよー」
「はい」
「木兎さぁーん!!がんばってくださーい!」
幸か不幸か、榊の声でトスが乱れないくらいには慣れた。そもそも大きく乱れることなんて1度もなかったけど。
床が震えるほどのスパイクを打ち込むのを見て喜ぶ榊の黄色い声と、木兎さんのいつもの声。先輩方はそれを見て微笑ましげにしている。これはいつものこと。そうは思っていても、わかっていても。
渦巻く胸中を誤魔化すことはできそうにない。
(痛がってる。)