まだ恋であるうちに、


「赤葦ー!」
「どうかした?」
「大変なの!数学が意味不!ヤバス!」
「俺的には榊の言葉が意味不」

榊は数学が壊滅的にできない。いつも補習スレスレの点数でテストの度に先生に励まされてるのを見る。
どんなにスレスレだろうと榊が補習を回避し続けるのには、理由がある。

「ここ!今回の範囲!これがほとんどだから落として補習になったら観に行けない!」

考えるまでもない。土日の練習試合の見学に来れなくなるってだけ。

榊からしたら死活問題なんだろう。でも、平日に練習試合を組むこともあるし、公式の試合だって勿論ある。学校があるから全部観ることはできないかもしれないけど、そうでなくても同じ学校なんだから会う機会はいくらでもある。
それでも、苦手な勉強をこうして頑張るくらいに、木兎さんは榊の原動力になっている。

「あのさ、」

今更どうこう言うつもりもない。

「んー?」

それでも、気になって、数学を教える合間に聞いてみた。

「木兎さんのどこがそんなにいいの?」

木兎さんのことが嫌いな訳じゃない。いいところも悪いところも、それこそ弱点だって知ってる。だからなんとなく気になっただけ。
特に理由はないと言われたらそれまで。

聞かれた榊は少しだけ考える素振りを見せたけど、それも僅か。答えをはじめから持っているけど答えるか迷ったような、そんな一瞬の間。

「木兎さんってさ、見てるとなんか元気になれるんだよね。どんなにへこんでても木兎さん見ると元気になる。スパイクが決まって騒いでるのを見ると、私も嬉しくなる。たまにへこたれてるのもかわいいと思う」

言いたいことはわからないでもない。しかしかわいいは理解できそうにない。あれはめんどくさいだけだ。

「木兎さんが元気なら、私も元気。木兎さんが元気ないなら、私が元気にしたい」

シャーペンを置いてそう言った榊は、いつもの木兎さんみたいなテンションで無邪気に笑ってるのと全然違った。もっと静かで、穏やかなもの。

「そう…あと設問3の2、計算ミス」
「え、どこ?!」
「それは自分で探して」
「いじわる!」
「教えたら勉強にならないでしょ」
「く…正論…!」

そんな顔もするんだ…と、漠然と思った。
木兎さんにも言えるけど、いつだって榊はテンションが高いし、子供がそのまま成長したような無邪気さがあるから、全然想像もできなかった。
榊だって同級生で年頃の女子なんだから、それなりに悩みだってあるだろう。それの筆頭が木兎さんに関することなんだろうけど、どうもそれがうまく結び付かない。いや、結び付けたくないだけなのか。

「赤葦はさー、好きな人っていたことある?」
「え?」

どこを間違えたのか考えながら、なんとなくぼんやりした声で問われた。
いたことある、じゃなくて、現在進行形で目の前にいるんだけど。そんなこととてもじゃないけど言えるわけがなくてまともな返事はできなかった。

「いるよねぇ、赤葦モテるし…あ、もしかして彼女いる?」

辛うじて返せた疑問系に榊はやっぱりどこかぼんやりした声で続ける。

「いや、いないけど」
「そうなの?意外」

俺の返答がそんなに意外だったのか、榊はついに手が止まった。

「なんで彼女作んないの?赤葦なら選り取りみどりでしょ?告白とかされてるよね?」
「そうだとしても、好きでもないのに付き合うのは相手にも失礼だろ?」

なんだって好きな人にこんなこと言われなきゃならないんだよ。

「それがモテる秘訣か…」
「モテたいの?」
「いやまったく」

なんとかして榊の言葉を止めようと苦し紛れに聞き返すと、榊はごく真面目な顔をして返してくれた。

「私ね、今まで誰かを好きになったことってなかったの。誰かに教えてもらえるものでもないし、まぁいつかわかるかなーって思ってた」

感覚的なものだし、教えられたとしてもそれがそうであるかはきっとわからない。

「でもねぇ、木兎さんと話したときわかったの。好きになるってこう言うことなんだって。こう、ふわっとしてから落ちる感覚?きゅってするような、刺されるって言うか、うーん…」

なんとか伝えようとしてくれてるんだけど、どうにもぴったり来る言葉が見つからないらしい。

わからなくもない。あの独特の感覚はうまく言葉にできないし、俺はあえて言葉にしなくてもいいと思ってる。あの感覚は、俺だけにわかればいいとも思う。

「でもこれだけは言えるよ。木兎さんに逢った瞬間、好きだなって思ったの」

それはきっと《一目惚れ》と世間で言われてるもの。俺とはまた違うもの。

「…時間なくなるけど、わかった?」
「ぅあ!わかんない!赤葦ー!」
「ここ、代入から見直して」

どうにもできないことを考えるのは無駄でしかないのに、考えてしまうのは俺が榊を好きだからなんだろう。



(諦められたら。)