「木兎さんの好きなものってなに?」
「は?」
無事テストを乗り切ったらしい榊が、満面の笑顔でギリギリ補習を免れたテストを持ってきたのはつい先日のこと。
あれを恥ずかしげもなく見せてくるんだから、俺は榊の中でいい友達ってやつなんだろうと思わざるをえない。
「だーかーらぁー!木兎さんの好きなもの!」
そんな榊は、やることなすこと突然だ。歩いていたと思ったら止まって、まっすぐ進むかと思えば急に曲がる。いつも思ってることではあるけど、なにをしでかすか予測がつかない。
「バレー?」
「それは知ってる!そうじゃなくて食べ物的な!」
食べ物的な、とは。そこは好きな食べ物を聞くのが正解だろう。本当に食べ物的ななにかを答えたら榊はどうするんだろう。
そんなことを考えたところでなんの意味もない。たぶんまた文句を言われるのはわかってる。
「焼き肉」
「ぐっ…そ、うぅぅ…ちょっと、違う…」
ちゃんと答えたのに違ったらしい。何を答えたら正解だったんだ。
「差し入れをね、したいんだけど」
ああ、そう言うことか。
なんて、気付いてなかったフリ。
「あの人ならなんでも喜ぶよ」
「赤葦がいじわるだ!」
「事実だし」
木兎さんのことだから、本当になんだって喜ぶと思う。例えそれが安売りのスポドリでも飴玉ひとつでも。
「うーん…」
差し入れなんて合宿のときに父兄の人からもらうアイスとかくらいで、女子から個人的に差し入れがあること自体が珍しい。だから本当になんだっていいのに、それでも悩むのが女子ってやつなんだろう。
漫画で見るみたいに、腕を組んでだんだん斜めになっていく榊のバランスが崩れる前になにか言うべきだろうか。それともこのままバランスを崩すのを待とうか。
どちらをとっても結果的に同じ言葉が返ってくるからどっちでもいいけど、俺が得をする方を選んだからといってバチは当たらないだろう。
「強いて言うなら」
「うん!」
口を開けば期待に満ちた目で見上げてくる。
木兎さんに向けるそれとは違う、俺がよく見るそれ。
「おにぎりとかだと嬉しい」
「…え、米?」
「うん。部活終わったらみんなでコンビニに駆け込むくらいには腹減るし、あれば木兎さんも喜ぶと思う」
嘘ではない。それぞれ慣れてきてつまめるものを持ってきてはいるけど、それとこれとは話が別。
「え、じゃあ部活の後半の休憩とか終わってからの方がいい?」
「あんまり早いと部活中に吐くかも」
「終わる頃にします!」
ぴしりと、いつかのアニメ映画で見たような不似合いな敬礼。きっとすごく張り切って作るんだろうことは想像に容易い。
「そんなにたくさん作らなくてもいいから」
「でも部員多くない?」
「別に、いつも来る体育館にいるメンバーの分だけで大丈夫」
全員分のおにぎりなんて作ってたら、間違いなく榊の握力がなくなる。ただでさえ握力無さそうなのにそんなムリはさせられない。
「わかった。なにがいい?」
「え?」
「ネギ味噌と肉味噌と鯖味噌は作ろうと思うんだけどね、定番意外はなにがいいかなーって」
味噌率高いな。
でも、少なくとも肉味噌は木兎さんの為に用意されるんだろう。
「変に考えないで、普通のおかかとか梅干しでいいと思う」
「えー、面白味がない…」
「おにぎりに面白味を求めるのが間違いだと思う」
間違えてもお菓子をいれたりしないでほしい。どこかの誰かがプロテインをいれたなにかを作っていたのを見た気がする。
「そっかぁ…赤葦はなにが好き?」
「梅干しかな。さっぱりしてるから」
「じゃあ梅干しは絶対作るね」
「そもそもおにぎり作れるの?」
「作れるよ!中学の調理実習で作ったもん!」
「そっか」
本気でそんな心配をした訳じゃない。
俺がここでおかかって言ったらおかかになったんだろうか。そんなことはどうだっていいんだけど、
「梅干し、待ってる」
「うんっ」
梅干しのおにぎりを作ってるときは、木兎さんじゃなくて俺のことを考えてくれるんだろうか。なんて柄でもないことを考えた。
(だから無防備に恋に落ちた。)