抱きしめてなんて言わないから、


高さが変わるだけで、こうも空気感が変わるのか。差し入れを下げて少し遅めに到着した体育館は、いつもなら上から観ていた空気をあまりに近く感じて少し緊張した。

「あの…」
「どーしたのー?今日はちょっと静かだねぇ」
「あ、お疲れ様です」

頻繁に見学に来るから、バレー部の人とは顔見知りになっている。マネージャーさんもいつも気遣ってくれるから、例えるならクラスの男子よりも話してると思う。

「!ねぇねぇ、それってー、差し入れ?」

私の荷物に気付いたのか、マネージャーのゆきえさんが指差してきた。

「はい。あの、部活終わるとお腹すくって赤葦に聞いて、いつも見学させてもらってるので、私になにかできないかなと思って」
「いつも助かってるよー?」
「他にもなにか力になりたくてっ」
「ふふ、ありがとー。今のゲーム終わるまでちょっと待っててー」
「はい」

ゆきえさんは体育館の中へ入っていったけど、きっと差し入れがあるって話に行ったんだろうな。
運動部の人たちがどれくらい食べるのかわからなかったから、とりあえずたくさん作った。作っててあんまり女子っぽくなかったから、鮭とおかかと、赤葦の言ってた梅干しもある。
みんなの好きなものがあればいいんだけど。

入り口でそわそわしながら待ってたら、かおりさんがゆきえさんと一緒に来てくれた。

「ちょっと聞いたわよー。応援隊長から差し入れだって?そんな気使わなくてよかったのに」
「お腹すくって聞いて、なにかできないかなって思いまして」
「手伝ってくれたり他にも色々助かってるのはこっちなのに」
「いえ、まだ全然です」
「本当にありがとう。あいつらも喜ぶよ」
「だといいんですけど」

かおりさんがくしゃりと頭を撫でてくれる。でも女の人だから髪が乱れないように気遣ってくれてるのがわかる。
それなのに、差し入れがこんなおにぎりでよかったんだろうかって不安がよぎる。

「いつものテンションはどうしたのよ応援隊長!」
「女子の差し入れにー、文句とかつけさせないよー?」

ゆきえさんは、たまにちょっと怖い。たまにね。

「またあんたはそういう言い方して」
「だってー、差し入れを持ってきてくれるってことに感謝しないとだよー?」
「そうだけどさ、」

かおりさんはお姉ちゃんにほしい。
いや、そんなことを言ってる場合じゃない。これで喜んでもらえるのかがわからない。どうなんだろう。

「でも美味しくなかったら言ってほしいです」
「じゃあー、感想は私がまとめて伝えるねー」
「?はい」

そんなにたくさん来たらどうしよう。

「木兎ー早く決めちゃいなさいよー」
「差し入れー、全部食べちゃうよー?」
「なぬ?!それはダメだ!」

不安と期待でソワソワしてたら、2人が声をかけていた。もしかしたら、マネージャーもお腹すくのかもしれない。そう思って2人を見ると、ニヤリと4つの目に見下ろされた。
その目が何を言いたいのか、わかってしまった。

「木兎さん!勝ってください!」
「任せろ!」

いつも騒いでるのに黙って見てたのが気になったんだろう。
私が声を出すと2人は安心したように笑っていた。

「応援体長が元気なかったらうちらも元気なくなるからね」
「同級生に言いづらい悩みがあったらー相談してねー?」

ただ見学に来る喧しい1人に過ぎないのに、こんなに気遣ってもらって申し訳ない。
マネージャーの仕事も落ち着いたのか、一緒に試合が終わるのを待ってた。終わるや否や、木兎さんが跳ねるように近付いてくる。

「差し入れってなに?」
「えっと、」
「その前に手を洗って来なさい」

走って手を洗いに行く木兎さんと、追いかけるように走り出す部員。みんなそんなにお腹すいてるんだ。

「で、なに持ってきたの?」
「おにぎりです。どれくらい食べるのかわかんなくて、適当に作ったんですけど」
「あいつらはあればあるだけ食べるよ」
「本当にありがとうねー」
「いえ」

なんてことないのに、こんなに言われるとどうしていいかわからなくなる。

「戻ってきたらすぐにでも食べようとするだろうから用意しておきましょうか」

かおりさんに言われて紙袋の中から大量のおにぎりを出した。

「ずいぶん作ってきたわねぇ」
「種類あるのー?」
「ネギ味噌と肉味噌と鯖味噌と、あとは定番の鮭とおかかと梅干しです」
「ずいぶん作ったわね」
「男子がなに好きか全然わかんなくて」
「それにしても頑張りすぎでしょ」
「そうですか?」
「何回ご飯炊いたのよ…」
「どれがどれー?」
「あ、これが鯖味噌でこっちが」

あらかじめ分けておいたから苦労なく見分けられる。それぞれ個別に並べてみると、量が尋常じゃない。
作ってるときはわかんなかったけど、これすごいんじゃない?今まで気付かなかったとか阿呆だったのかな。

「手!洗ってきた!」

どやどやと戻ってきた部員の中でも1番に声を上げたのはやっぱり木兎さん。

「はい並ぶ!」
「いっぱいあるからー安心してー?」
「なくなったら困る!」

そんなことは全くないんだけど、

「並ばないとー、全部私が食べるよー?」

そう言ったゆきえさんの言葉にみんな綺麗な整列を見せてくれた。
いくらなんでもこの量を全部は無理だと思うんだけど、ゆきえさんの言葉をみんなどれだけ本気にしてるんですか。

「なぁなぁ、なにがあるんだ?」
「あ、木兎さんには食べて欲しいのがあるんです」
「マジか!どれー!」

あ、、ちょっと緊張する。いつもよりちょっと近くて、尚且つ私の作ったご飯食べてもらうって、す、すごいことしてるのかも…!

「木兎さんが好きかなぁと思って、肉味噌作ってきたんです」
「うおー!他は?なにある?!」
「ネギ味噌と鯖味噌と、あとは定番の鮭とおかかとか梅干しですよ」
「じゃあ鮭とネギ味噌!あ、あとおかかも!」
「はい」
「足りなかったらまたもらっていー?」
「っ、はい!」

わ、わー。
どうしよう、どうしよう!木兎さんに渡しちゃった!そのために作ってきたんだけど、思ってた以上になんか!ね!?

「榊さん」
「あ、赤葦…」

テンパってたの見られたかな?でも赤葦には全部バレてるからいいか。

「ちゃんと梅干しあるよ」
「ありがとう」
「赤葦の好きなのあるかな?おかかと鮭もあるけど」
「他は?」
「ネギ味噌と肉味噌と鯖味噌」
「じゃあ鯖味噌とおかか」
「おっけー」

木兎さんもだけど、やっぱり部活のあとってお腹すくんだ。

「この後ってみんな家でご飯食べるの?」
「わかんないけど、俺は食べるよ」

え、おにぎり3個食べた後にまだ食べるの?凄くない?

「たぶん木兎さん達もそうだと思うけど」

いやいやいや、食べ過ぎでしょ。運動部男子ってすごい。

「あの、いっぱい作りすぎちゃったから、無理して食べなくていいからね」
「うん」

ほんの少し笑ってそう言ってくれた赤葦はやっぱり優しい。一通り配り終わるとゆきえさんとかおりさんもおにぎりを手にしてくれる。

「おいしー!」
「塩加減がまた絶妙」
「ありがとうございます」

木兎さんや他の人達の「おいしい」の言葉を少し遠くに聞きながら、差し入れ作ってよかったって思った。

「榊ー!ありがとなー!」

叫ぶ木兎さんにそれを諌める赤葦。

「なにー、嬉しそうにしちゃってー」
「喜んでもらえるって嬉しいなぁって思ったんです」
「じゃあマネージャーするー?」
「いえ、それはやめときます」
「そー?」

私はマネージャーには向かないと思う。掃除とか洗濯とか、できなくはないけどあんまりやったことないし。なにより、木兎さんが卒業してもバレー部を好きでいられるかわからない。
それでも、また差し入れしようかなとか考えてるんだから、我ながら簡単な思考回路だ。



(せめて手を握らせて。)