信じることは、


「なんだぁ?」
「真夜ちゃん真面目なところあるからー、片付けてないのが気になったのかもねー」

榊は真面目かどうかと言われたら、確かに真面目な部類ではあるだろう。差し入れのことで真剣に悩んだり、苦手な勉強を頑張ったり、部員でもないのに足しげく部活に顔を出したり。でもそれらは全て木兎さんが根底にいたからこそ。真面目じゃないわけではないけど、けして真面目なわけでもない。

「俺、ちょっと手伝ってきます」

ひとりにした榊がどうなるのか不安だった。ここしばらくはどんな些細なことでも木兎さんのために動いていたのに、それができなくなったらどうなるんだろう。

榊は水道で、ない片付けをしていた。
もっと違うところに行くと思うけど、思い付かなかったのか。俺としてはあちこち探さなくてすんだから、ここにいてくれてよかったけど。

「榊」

声をかけると分かりやすく肩が跳ねた。肩どころが体ごと跳ねてたかもしれない。

「赤葦か、どうしたの?」

振り返った榊はどこか歪な表情を作っていた。

「ごめん」
「なんで赤葦が謝るのさ」
「いや、知ってたらもっと榊が傷付かないようにできたと思って」
「知らなかったならしょうがないよ。知ってて隠してても…まぁ、仕方ないかな」

どこか諦めたように、榊の視線は水道へ向かう。

「自分の部活の先輩にクラスメートが横恋慕しててさ、彼女がいるって知っててもさ、言いづらいよね」
「いや」
「でもさ、うっすらわかってたんだよね」
「え」

毎日あの人たちと一緒にいる俺が気付かなかったのに、榊は気付いたのか?

「誰とはわかんなかったけど、彼女いるんだろうなーとはなんとなく思ってたよ。だってあんなに周りを元気にできる人だもん、彼女がいてもおかしくない」

頭でわかっていても、心がわかってくれない。納得したいのにできない。そう言うものなんだと思う。

「しかもさ、木兎さんの彼女さんも、私の好きな先輩なんだよ?もうどうしようもないよねぇっ」

榊の気持ちは痛いほど分かるのに、震えるその肩に俺が触れることはできない。それは俺がしていいことじゃない。

「お2人が笑っててくれるなら、それでいいかなぁ…なんて」

それは本心なのか、そうじゃないのか。量りかねる俺にはどうにもできなくて、榊から微妙な距離をとったまま立ち尽くすしかできなかった。夏の日差しの下、水道とそこから少し離れたところで立ってる俺達は、どう見えてるんだろう。

「…あのさ、ちょっとだけさ、嫌なこと言ってもいい?すごーく嫌なこと」
「うん」
「誰にも言わないでね」
「言わないから、俺だけに教えて」

日差しに耐えかねるようにしゃがみこんだ榊は小さく、初めてみるくらいに頼りなく見えた。

「できるならさ、直接言ってほしかった。彼女は私だよーって言ってくれたら、もっと早く諦めたかったのに…こんな不意打ちで、しかもうっかり分かって…今更どうにもできないよっ」

榊は告白をする前にフラれた。俺も同じようなものだけど、最初から見込みのなかった俺と、突然現実を突きつけられた榊では状況が違う。

「そういう話したことないけど、付き合ってるなら教えてほしかった。かくしてるつもりもなかったんだろうけど、教えてくれないからこんなにおっきくなっちゃった。もうどうしたらいいのさ…っ!」

たぶん、俺が榊にしてあげられることはない。こればっかりは榊が処理するしかない。

「意味わかんないんだよ!木兎さんも先輩も嫌いになれたらいいのに、好きなんだもん!やめられないんだもん!」

そう言って泣く榊に、かける言葉も見つけられない。今声をかけたら、きっと俺の都合よくなる言葉をかける自信がある。それはなんだか弱味につけこむようだから、できることならしたくない。

「なんで私じゃなくて先輩なの?なんで私を好きになってくれなかったの?なんで木兎さんに選んでもらえなかったの?」

好きになった人が必ず自分のことを好きになってくれたら、世界は平和になるんだろうか。そもそも、こうして何人かが1人を好きになる可能性がある限り誰かは選ばれないのだから、そんなこと考えるだけ無駄か。

「どう頑張っても私じゃダメだったなんて、考えたくもない!全部ムダだったなんて思いたくない!なのに!全部全部意味なんてなかった!!」

どうしてうまくいかないんだろう。なんで榊は木兎さんを好きになったんだろう。なんで、俺じゃなかったんだろう。俺が木兎さんだったら、

「もうやめたいのに、やっぱり木兎さんのこと、好きなんだよ…」

そこまで考えて、やっぱり不毛だと気付いた。
あの時榊は木兎さんを好きになって、それより前に俺は榊のことを好きになって、更にその前から木兎さんには彼女がいた。それが事実。

「ごめんね、先輩のこと悪く言って」

過去は変わらないし、事実も覆らない。

「どこが悪かったの?榊が思ったことはなにも悪いことじゃないよ」
「先輩はなんにも悪くないのにね、」

もっとすごいことを思う人もいるはずなのに、榊は自分の整理がつかないことを責めてる。そんな誰もが思うだろうことを悪く言ったら、ほとんどの人間が悪い人になるだろう。

「榊はやさしいよ」
「そんなことないよ」

泣き止んだ榊は歪ながら笑ってた。

「ありがとね、愚痴聞いてもらって」
「いや、なにもできなかったし」
「それが嬉しかったよ。でもさすがにこのままじゃ戻れないから、今日は帰るね」
「うん。先輩達にはうまく言っておくから、気にしないで」
「ありがとう」

そろそろ休憩も終わるだろう。榊がひとりで帰るのも心配だけど、部活に戻らないわけにもいかない。

「そんな心配そうにしないでよ。大丈夫だから」

心が読めるわけでもない俺は、榊のその言葉を信じるしかなかった。



(騙されることだった。)