▽ 同棲初めました
「てっちゃんこれはー?」
「あ、それ俺がやるからお前はキッチン周り頼むわ」
「はぁーい」
付き合い始めて5年。ついに同棲を始めます。
お互いの職場に程近い所にアパートを借りた。2人なので、あまり狭すぎても良くないだろうとのことで2DK。家賃はこの辺りでは比較的安いらしい。スーパーやコンビニもあるので不便はしない。
ただ、一通が多いので車だと不便しそうなくらい。お互い車を持ってないから、そんなことは全く気にもしなかったけれど。
「あれ?てっちゃん。これそっちのじゃない?」
「あ?あー、悪ぃ。最後に適当に突っ込んだやつかも」
「これなんのやつ?」
「パソコン」
「壊れても知らないよー?」
「そんな簡単に壊れねーよ」
キッチンに収納はあまりない。ないというか、使える収納が少ない。
シンクの下にある広いスペースには、よく使う調味料やお皿。ガスコンロの下にあるスペースにはフライパンなんかの大きな調理器具。引き出しには、これから増えるだろうけど、どれも今は少ないお箸やスプーンといった小物系を入れた。
問題は、シンクの上の収納。棚の下に網がくっついていて、洗った鍋の蓋を置くのに丁度良さそうだけれど、問題はその上の棚にある。
棚は上下段に分かれているので、下段に塩や胡椒と言った小さめの調味料とラップや量りなんかをいれてみた。
問題は上段。棚の下に網なんてあるから棚が全体的に上の方にあるのだ。私の身長はけして低くはない。平均的だ。それなのに背伸びをしても上段に手が届かないのだ。
これなら無駄な網なんていらなかった。
網と言うか金属の細長い棒が7本伸びてるだけで鍋の蓋以外何を置けばいいか思い付かない。軽量スプーンなら間違いなく隙間から落ちることだろう。洗い物を置いたりしたら、それこそ落として割るだろう。
「むーん…」
取り敢えず、そこそこ広さのある上段をデッドスペースにするのは勿体ないので、ほとんど使わないハンドミキサーを置いてみた。試しに取ろうとしてみたら、うっかり指先で押してしまってもう爪すら届かない。
…頻繁に使うものでもないしいいか。
「そっち終わったか?」
どうやら片付けの目処をつけたらしいてっちゃんが声をかけてきた。
「なんとなく」
足元には空の段ボール。
元々少なかったから時間はほとんどかからなかった。
「こんなとこに置いて大丈夫か?」
てっちゃんの指差す先には、先ほどのせて確実に手の届かなくなったハンドミキサーがある。
平均的な身長の私と違って、てっちゃんの身長は平均よりも20cm近く高い。だから私が見上げるハンドミキサーも、てっちゃんからはほとんど見上げる必要もないらしい。
「もう届かない」
「逆によくのせたな」
呆れたようにそう言ったくせに、その目は優しい。
「のせるのはいいんだけど、その後が問題だよねぇ。ねぇ、使う時は言うから取ってくれる?」
「しょーがねーな」
「ふふっありがとー」
背の高い優しい彼氏がいると助かります。なんて、絶対言わないけど。調子に乗ったてっちゃんはめんどくさいからね。
△▼△
粗方片付けも終わらせて、2人で休憩がてらご飯を食べてるときだった。
「そう言えば、研磨内定決まったってよ」
「ウソ!早くない?」
てっちゃんを通して研磨くんとは顔見知りではある。私としてはお友達と言いたいところだけど、人見知りの激しい研磨くん的にはまだ【顔見知り】がしっくりくる。そろそろ慣れてほしいところだ。
そんな人見知りな研磨くんの早すぎる内定の話は、正に寝耳に水だった。
たしか1個後輩だから、大学あと1年あるよね?てっちゃんと同じところだったはず。
「まぁ決まったって言っても正式なものじゃないらしい。でもほぼ確定だと」
「同輩としては羨ましい限りだろうね」
「研磨の奴、随分前から目ェつけられてた見たいで、学校すっ飛ばして直接家に連絡来たって」
「なにその会社怖い。本気か」
「で、学校通してた奴は競り負けたって感じ」
「魚じゃないんだから…何社くらい来てたの?」
「5?とかじゃねーか?」
なんだそれ。
聞いたことない。羨ましい。
「研磨くんモテモテだね」
「迷惑そうにしてたけどな」
迷惑そうな研磨くんは、すごく想像しやすかった。どちらかというと困ってる研磨くんに近いだろうけど。
「どこ?」
「あー…忘れたけどIT系だと」
「これまた賢そうな所に…」
初めて会ったときから頭の回転の早い子だとは思ったけど、元来そういう職の方が向いてるかもしれない。不測のバグとかにも冷静に対応できそう。
「プログラミングとかするのかな?」
「さぁな。つーかよく考えたらお前もやってることは対してかわらなくねぇか?」
「えー、全然違うよ。会社にはプログラミングやってる人ももちろんいるけど、私はメカニック系だもん。畑違いですー」
あー。うちにもそういう子来ないかなぁ。開発部も新しい風が吹けーって言ってるし、うちも他の企業に引けをとらない斬新なアイディアがそろそろ
「こら」
「あうっ」
「会社のこと考えてたろ」
「え?うん」
「今日くらい会社のこと考えるな」
さすがにそう言うわけにもいかないけど…
「うん」
少なくともバレないようにはしないとね。
「さ、食べたら残りも片付けちゃわなきゃね」
「そーだな…このままだと、折角の休みも引っ越しで終わりそうだなァ」
「ほら、早く片付ければお散歩くらいはできるよ」
「お散歩って…」
「笑うな!」