▽ お仕事終わりのある日のこと
「ただいまー」
「おかえり。お風呂沸いてるよ」
「サンキュ」
お礼と一緒に降ってくるキス。
てっちゃんは何かあってもなくてもすぐにちゅーしてくる。さすがに外では控えてくれるけど、人目がないと分かればお構い無し。
朝だって起きてなければいいけど、うっかり起きてたらちゅーしないと起きないとか文句言うし。
…しても起きないからしないだけだもん。
てっちゃんがお風呂にはいって少しすると、ご飯が炊けた音がする。グリルには、てっちゃんが好きなお魚がジワジワと音を立ててる。
あいにくサンマは季節じゃないからないけど、別のお魚が嫌いなわけでもない。海苔入りのだし巻き玉子を作る横で、少し冷めたお味噌汁を温め直す。沸騰しないように弱火にかけながらだし巻き玉子を作り終えると、先に作って置いたお浸しを冷蔵庫から出す。後は小鉢にお豆腐を出して今日は終わり。
あ、納豆いるかな?
ここに引っ越す前は、簡単な料理しかしなかった。適当な炒め物か、パスタ。それすら作るのも面倒になって、なにも食べないまま寝てしまうこともしばしば。
私だけならまだしも、てっちゃんに迷惑をかけるわけにもいかないと思うと、重い腰も上げなきゃならないってものだ。
ちゃぶ台をささっと拭いて、お豆腐とお浸しを並べる。お魚もお皿に移して大根おろしを添えて運ぶ。だし巻き玉子はいい感じにカットしてちょっと小料理屋風。
…うん。なんかいい感じじゃない?お洒落じゃない?
「おー、よく帰ってからこんなの作れるな」
いつの間にかお風呂を出たらしいてっちゃんが後ろに立ってた。座布団の上からてっちゃんを見上げると、ホントおっきい。
「上がった?ご飯どれくらい食べるー?」
「あー…普通」
「はぁーい」
タオルで掻く頭からはまだ水気が見てとれる。
前に「頭乾かしてから食べたら?」って言ったことがあった。その時は確かてっちゃんがまだ大学生で、一足先に社会人デビューした私の部屋に泊まりに来たときだったかな。
風邪ひいても大変だと思ったからでた言葉なんだけど、てっちゃんったら「折角お前が作ってくれたんだから、冷める前に食べなきゃもったいない」なんて言うんだもん。あれは珍しくキュンとした。
それに、私がご飯をよそったりしてると、なにかしら手伝おうとしてくれる。
てっちゃんは基本的には優しいのです。
「味噌汁なに?」
「茄子だよー」
「これ持ってくぞ?」
「うん。ありがとー」
一緒に暮らすようになって少しするけど、こういう時すごく実感する。一緒に暮らしてるんだなぁって。
たまに泊まりに来たときとか、逆に泊まりに行ったときもこんなことはよくあったけど、それとはちょっと違うんだよねぇ。
ご飯におかずにお味噌汁、全部運んでキッチンに戻る。
私は、洗える器材は先に洗う派。そうすると食器洗うとき楽だし。てっちゃんは、後でまとめて洗う派。だからお茶碗もグラスも割れるんだよね。
「飯冷めるぞ」
「もう終わるから食べてていいよ」
フライパンを洗って定位置に付く。どんなに先に食べていいよって言っても、てっちゃんは絶対に待ってる。今もたぶん待ってる。待ってるときのてっちゃんがまるでおあずけをくらった犬みたいと言うか、忠犬みたいと言うか…猫っぽい印象なのにこれは意外だった。
それがみたくて洗い物を先に済ませてるところもあるんだけど、これは内緒。
「早くしろよ。冷めるだろ」
「はいはい」
体は大きいのにいつまでも高校生みたいで困る。いや、ご飯の時だけだからかわいくて困るってだけだからいいんだけどね?
「うし、いただきます」
「召し上がれー」