7日

六坂さんが見学に来た。
体育館履きを片手に、先に始めている練習を見て1言だけ溢した。

「…なんか、すごい」

見慣れてるから何がすごいのかよくわからないけど、初めて見るならそう感じるんだろう。僕も初めて見たときは同じような感じだったと思うし。

「まだウォーミングアップだから大丈夫だと思うけど、これから軽い試合やったりするから気を付けてね」
「うん」

六坂さんは真面目で堅苦しそうな印象なのに、実は結構ズレてる。

「もしも当たったとしても、急所は外すよう努力しますのでご安心を」
「そういう問題じゃない」
「当たるとかなり痛いから、できれば当たる前に避けて?」
「頑張る」

その口振りと表情からふざけてるとも思えないから、たぶん本人は真面目に言ってる。
なんなの、天然なの?

「着替えてくるから適当に座ってて。くれぐれもボールには気を付けてね」
「うん。ありがとう」

あと、僕と山口で態度が違うのも本人は気づいてない。別に山口の方が話す機会も話すきっかけも多いことくらいわかってるけど、こうもあからさまに違うとイラッとする。
別に気にしてないけど。

「待ってツッキー!」

六坂さんの心配をする山口を見てると更にイラついてくる。だからさっさと着替えに出たのに、山口は走って僕を追いかけてきた。

「六坂さん来てくれてよかったね」
「お前が誘ったからだろ」
「でも最初に見学しない?って誘ったのはツッキーだよ?」
「どうせ山口がいなかったら来なかったよ」
「そんなことないと思うけど」

別になんだっていいけど。六坂さんが来ても来なくても、何が変わるわけでもないから。変わるのは山口の方なんじゃない?

「そういえば、川原先輩来てなかったね」

山口に言われるまでわからなかった。
そう言えば体育館にいなかった。別にいなくてもいいけど。だから気付かなかったんだろうし。

「遅れてるのかな?」
「さぁ?」
「六坂さんと会わないといいけど」

それだけが不安ではある。
川原さんは彼女の入れ替わりが激しいと、水面下で有名な人だ。それは本人の女癖の悪さももちろんあるんだけど、それにしても間を置くことなく彼女ができるんだから、やっぱりモテるんだろう。
モテるといえば、偶然聞いた話を思い出した。

「山口」
「なにツッキー?」
「昨日六坂さんと…」

聞こうと思って、やめた。

「六坂さんがなに?何かあった?」
「別に」
「あ、ツッキー?!」

聞いたらいけないような、聞きたくないような。とにかく聞くのはやめた。

「早く着替えて戻った方がいいんじゃない?」
「なんで?」
「六坂さん変なとこ抜けてるし、川原さんきたら面倒デショ」
「そうだね」

六坂さんが川原さんに引っ掛けられるとは思わないけど、妙な胸騒ぎにも似た何かに急かされるように更衣室へ急いだ。


▼ △ ▼ △ ▼


「山口か月島、どっちかの彼女?」

急いだのに川原さん来てるし。六坂さんに絡んでるし。

「そんなこと言ったらお2人に失礼ですよ。私のような子豚なんかより、もっと美人さんの方がお2人にはお似合いだと思いますし」

また変な言い訳してるし。
僕にも選ぶ権利はあるし、迷惑なら迷惑だって言ってやればいいのに。

「俺は君のこと充分かわいいと思うけど?」

は?

「嬉しいお言葉ですが、私にはもったいないお言葉です」
「名前教えてよ」
「え」

いや、意味わかんない。

「あ、今携帯ある?よかったら連絡先交換しよーよ」

ホントなにやってんだよ。
テキスト見てるときは取っ付きにくい空気を出してるくせに、ボーッとしてるときは無防備以外のなにものでもない。六坂さんも断るならもっとはっきり断ればいいのに。だから川原さんみたいなのに付け入られるんだよ。

「何してるんですか?」
「お、月島ー。お前らのオトモダチが暇そうにしてたから俺がお話してあげてたんだよ」
「そうですか。じゃあ僕が来たんで川原さんは着替えてきたらどうですか?」
「そーすっかぁ」

ホントあの人軽すぎ。

「月島くん早かったですね」
「そうでもない」
「山口くんは?」

また山口だし。

「急ぎすぎてサポーター忘れたって言って戻ったから、そろそろ来るんじゃない?」
「そっか」
「あとね、六坂さんはボケッとしてるから絡まれるんデショ」
「そんなつもりはなかったんですけど」

それに簡単に言い寄られ過ぎ。

「山口の彼女ならちゃんとしなよ」
「…え?」
「ああ、言わない方がよかった?」
「そうじゃなくて…え?」

困惑してる、と言うのが適切か。

「別に隠さなくてもいいと思うけど」
「いや、そうじゃなくて、なん、どうしてそんなことに…?」
「昨日医学部2年の黒髪でおとなしそうなデカいやつと、現役の女医っぽい人が告白し合ってたって噂流れてる」

医学部2年のデカいやつってだけでも限られるのに、僕とよく一緒にいるやつなんて山口しかいない。
その山口がよく話してる女子なんて、僕は六坂さんしか知らない。

「いや、それは誤解でして」
「ツッキー!六坂さん!大丈夫だった?」
「大丈夫じゃない」
「え!遅かった?」
「彼氏ならもう少しちゃんとしたら?」
「え?」

山口もなんのことかわかってない顔。
お前いつの間に嘘つくのがうまくなったの?

「だ、だからそれは違くて」

山口が来てもまだ否定するってなに?
そろそろムカツクんだけど。

「別に隠さなくてもいいって」
「なに?どう言うこと?」
「昨日の話が1人歩きしてるみたいで」
「昨日の?」
「あの、ほら、講義の前にした」

そうやって濁す必要があるなら別に言わなくていいし。2人がどうなろうが僕には関係ないし。

「ああ!あれか!」
「否定しても月島くんは信じてくれなくて」
「話してないの?」
「私の口からはちょっと言いづらくて…」
「そう?」

本人ってなに?て言うか目の前でないしょ話とか不愉快なんだけど。

「あのね、ツッキー」
「なに」
「それ、たぶん俺がツッキーのこと好きって話だと思う」
「は?」

なにそれ。

「気持ち悪」
「ひどい!」

だって、え、気持ち悪い。

「そー言うんじゃなくて!昔からツッキーがかっこいいって話をしてたの!」
「それがどうして告白なんてことになるのさ」
「うーん…たぶん、俺がツッキーのこと好きだって話になって、六坂さんに聞いて、って感じだったから」

なにそれ。人がいないところで勝手に話さないでよ、気分悪い。
さんざん言っても変わらないから、山口には今更なにを言ったところでわかんないだろうけど。

「でもそれでこんな噂にならないデショ」
「たぶん、月島くんの名前言ってなかったのかも…」
「そうかも」

なんなの?この2人。

「バカなの?」
「そんなつもりは…」
「ば、バカなのかな…」

なんなの?この僕だけ振り回されてる感じ。いや、噂になってるくらいなんだから周りも振り回されてるのか。

「バカでもアホでもなんでもいいけど、山口行くよ。六坂さんは怪我しないように隠れて見ててね」
「じゃあ六坂さん、あとでね」
「はい!」

ぴしっと似合わない敬礼をして、体育館の隅に移動するのを視界の端で確認しながら、練習に紛れ込む。

「ごめんツッキー」
「なにが」

山口に謝られてもどのことかわからない。
それくらい山口は失言を繰り返してるし、同時に僕に謝ってる。

「聞かれたら否定はしてたんだけど、まさか他学科まで話が流れてると思わなくて」

なんだ。山口は噂のこと知ってたのか。

「ツッキーがそんなに気にすると思ってなかった」
「別に気にしてるわけじゃないから」
「でも六坂さんに直接聞くくらいには気になってたんだよね?」

なんで山口にそんなこと聞かれないといけないんだよ。

「そんなんじゃない」
「あ、昨日聞いたんだけどね、六坂さん彼氏いないんだって」
「あっそ」
「六坂さん綺麗なタイプなのに、彼氏できないなんて不思議だよね」
「ふーん」
「どんな人が六坂さんの彼氏になるのかな?」
「て言うか、知ってる」

だから噂を聞いて驚いた。六坂さんに報告してもらえるほど仲良くないのはわかってたけど、山口からもなにも言われないのかと思ってた。

「え!なんで知ってるの?」
「昼一緒に食べたとき聞いた」
「俺知らない」
「お前学食買いに行ってたし」
「あの時か!」
「山口うるさい」
「ごめんツッキー!」