9日

えー。結論から言いますと、月島くんから連絡が来ることはなく。昨日は朝遅刻しかけたこと以外は何事もなく、山口くんや同学科の友達と課題や講義についてのやり取りを細々としました。驚くほどなにもありませんでした。
別に期待なんてしてませんけどね。私から動かないといけないことなので、なぜ連絡を取らないのかと叱咤していたところです。
しかしどうにも、連絡してもいいのか迷ってしまうのです。特に用件もなく連絡を取って常識がないとか迷惑なやつだとか思われたくないんですよ。複雑な乙女心とでも思ってください。

今日の最後の1コマ。これは唯一月島くんと被ってる講義なので、月島くんを視界の端にでも入れられることを期待して挑みましょう!

そう意気込んで廊下を歩いていると、携帯が震えました。マナーモードなのでなんの通知かわかりませんが、もしお母さんからの連絡だった場合あとが怖いのですぐに携帯を取り出しました。女子のひとり暮らしは危ないと、生存確認のためにも気付いたら早めに返事をしなさいと強く言われています。

携帯を開くとアプリのポップアップ。差出人は月島くん。メッセージは「後ろ」。

…え?どういう意味ですか?
月島くんからメッセージが来たことは意外なことであるし嬉しいことなのですが、ちょっと意味がわからない…何かあるのかと振り返ってもなにもない。気になってスカートを直してみたけど、これじゃない感がものすごい。
後ろってなんなんですか?なにかあるんですか?月島くんは見えちゃう感じの人なんですか?

「なにやってるの?」
「ふあっ!?」

パタパタくるくる回って「後ろ」が何を示すのか探していると、頭の上から声がふってきました。
ま、前にも同じようなことがあった気がする…

「つ、月島くん…」
「なにひとりで回ってるの?楽しい?」
「いえ…まったく…」
「後ろにいるってメッセージ飛ばしてくるくる回る人なんて初めて見た」

「後ろ」しか書いてなかった!いるって書いてほしかった!

「おもしろかったよ」
「…さようでございましたか」

月島くんが楽しかったならいいですよ。ええ、どMではありませんが良しとしましょう。

「ところでなにかご用でしたか?」
「別に、次の講義被ってたし、見かけたから声かけてみたんだけど…なに?ダメだった?」
「そんなこと!」

月島くんに同じ講義を受けていると認知されていました!そしてお誘いされました!ほんの短距離のことですがなんと喜ばしいことでしょうか!

月島くんにキモいと思われたくはないので、にやけそうになる顔を必死で引き締めました。
だって、こんなに嬉しいと思えるなんて知らなかったんですから。

「本当に思ってる?」
「はいっ」

にやけまいと引き締めすぎたのか、怪訝な顔をされました。
本気で嬉しいだけなのになぜ勘違いさせてしまったのか。しかしここで「至極光栄なことであります」だなんて言ってもきっと引かれる。だから素直に肯定だけしましたが、それでも疑っておられるようで訝しげな雰囲気です。

「…ならいいけど」

既に機嫌を損ねかけている月島くんの機嫌がこれ以上悪くなる前に、隣に並んで歩き始めました。改めて並ぶと、本当に背が高いです。それなのにちゃんと隣を歩けているのだから、月島くんが気を使ってくれてるのでしょう。
さりげない気遣い。モテないわけがありません。それなのになぜ彼女がいないのか…

「月島くんと一緒に講義を受けるのは初めてですね」
「そうだね」
「あ、月島くんはどうして受講してるんですか?」
「それは六坂さんにも言えることデショ。全く関係ない講義じゃない?」
「興味本意で取ってしまいまして」
「ふーん」
「あ、でもすごく楽しいので後悔とかはしてませんよ?」
「あっそ」
「で、月島くんは?」
「…取っておいて損はないかなと思って」

…ん?かなり趣味っぽい講義だと勝手に思っているのですが、経済学部で損にならない?どの辺りが?

「深い意味はないから」
「あ、はい」

完全に興味で取った私ですが、月島くんにはなにか考えがあってのことのようです。
それにしても、どんな意図で受講しているのか…それを考えながら今日の抗議に挑みますか。

「あのさ」
「はい」
「なんで山口は普通なのに僕には敬語なの?」

敬語?月島くんに?

「…なってた?」
「この間はそうでもなかったけど、それ以降ひどい」
「ご、ごめん。悪気がある訳じゃないんだけど」
「あったら怒るよ」

ですよね。そんなつもりも意識もまったくなかったから聞いてビックリですよ。

「友達じゃないの?」

と!友達?!私が、月島くんと!

「そうじゃなかった?」
「いえ!とっ友達!です!」

まさか月島くんと私は既にお友達だったんですね!ずっとお知り合い程度だと思ってました。それが友達って…

「じゃあ敬語やめて。次から使うごとに罰ゲームね」

え、罰ゲームって…月島くんめっちゃお茶目。

「じゃなくて、罰ゲームって…」
「さぁ?なんにしようかな」

イタズラっぽい顔もかわいいです。絶対に気を付けようと思うと同時に、罰ゲームさせてあげようかなとも思ってしまいます。
高身長でかっこよくてかわいいってなんなんですか。山口くんの言っていた「ツッキーはかっこいいんだけど、意外と子どもっぽいところはかわいいんだ」の意味がわかりました。

「できるだけ簡単なものでお願いします」
「それじゃ罰ゲームにならないデショ」

生き生きしている月島くんはかっこいいのですが、気持ち的には少しも安心できません。
そもそも敬語を使ってるなんて知らなかったんですけど。全くいつも通りだったのですが。

「とりあえず最初は次の講義で僕の隣に座ること」
「え、なんで…」
「だって敬語使ったし」

いつ?全くわからないんですけど。
それに、とてもじゃないけど罰ゲームなんて言えないようなものなのですが。

「そんなことでいいの?」
「知らない人が隣にいるより六坂さんが隣の方がまし」

月島くんの不機嫌な顔でわかりました。私は壁のようです。
なるほど、社交的な人見知りである月島くんらしい方法ですね。

「でも前とか後ろに対しては役に立たないよ?」
「なんの話?」
「壁?」
「…誰も壁の話なんてしてないけど」

あれ?違う?

「やっぱり六坂さんってズレてるよね」
「そんなことないと思うけど」
「ある」

納得いかない…

そんな話をしているうちに目的地へと到着しているわけですが。回りの視線がですね、ちょっと怖いです。
月島くんは私のように他学科の人からもかっこいいと言われているのを耳にします。そんな人が私のような地味なモブと教室に入ったから不愉快なのでしょう。男子の思考はわかりませんが、女子はこれであってるはずです。
私はほんの少しだけ月島くんと距離を開けました。

最近、急に月島くんとお近づきになったので舞い上がっていたのでしょう。そんなつもりはまったくなかったのですが、きっとそうなんです。