10日
「お疲れ様でーす」
「おつかれー」
時刻は23:37。いつもと比べたら少し遅くなりましたが、まぁ概ねいつもと同じ時間でしょう。帰ったらレポートを早めにまとめてしまわねば。そう思ってとっとこ歩いているときでした。
妙な空気を感じました。
防犯のためにもイヤホンはしないようにしているのですが、足音が1つ多く聞こえるのです。ホラーじゃないですよ。帰る方向が一緒なのかと思ったのですがペースを落とすと相手も遅くなり、速くなると相手も速くなる。
…これは、思い過ごしだと思いたいのですが…そう悠長なことを言っていてなにか起こってしまうのはとても困るので、早めに対策に出ましょう。
まずは帰り道を変えます。自宅よりの道を歩いていましたが、反対に渡りましょう。これでついて来なければ白。思い込み強すぎてすみませんと心のなかで謝ります。
運良く信号待ちをしなくてすみましたが、しかし相手も一緒に渡ってしまいました。引き離すこともできませんでした。
あ、コンビニにでもいきましょう。コンビニに入れば他人もいますし、うまくいけば撒いて帰れるでしょう。帰り道の先にあるコンビニは、国道沿いということもあり、こんな時間でもそこそこの人がいます。雑誌コーナーに入って防犯ミラーをチラ見すると、やっぱりひとり入ってきました。普通のサラリーマン。たぶん見覚えはない。
…困りました。非常に困りました。これ完全に黒ですよ。
このまま帰ったら家バレしてストーカーと化して手紙とかお花とか送られるようになって、そのうちそれが隠し撮り写真になって警察に相談しても「勘違いじゃないですか?」なんて言われて取り合ってくれなくてエスカレートしていってうっかり夜道で捕まって「これからはずっと一緒だよ」とかなんとか言われて抵抗してもしなくてもうっかり殺されちゃうに違いない!
どうしよう。お母さんに連絡してももう寝てるし、連絡できる友達もいない。詰んだ。もう死ぬ未来しか見えない。
こんなことならひとりでとっとこ帰らないで誰かと一緒に帰ればよかったとか思ったけどウチの近くに住んでる人いなかった!どうしよう!
「お疲れー」
「ひゃあ!!」
不意に声をかけられて女子みたいな声が出ました。いや、間違いなく女子なんですけど。
「ご、ごめん。こんなに驚くと思わなくて」
「つつっ、月島さん…」
月島さんがどうしてここにいるのか。
サッと見回すと、目視はできない。でもコンビニからは出てないはず。
「どうした?」
「いえ、ちょっと…」
これ、月島さんに迷惑かけるやつですよね。
「あんな男がいるから」とかなんとか言って月島さんが刺され…
「…何かあった?」
「いえ、なにもないです。大丈夫です」
「ウソでしょ?顔色悪いよ」
なんでそんなこと言うんですか。なんでわかるんですか。
「…もう日付も変わってるし、よかったら送っていくよ?」
「でも、」
「気にしなくてもいいから。このままひとりにしてなにかあったら申し訳なさすぎるよ」
「でも」
「ね。送らせて?」
でも、ひとりは怖い。
「…お願いします」
「うん。じゃあ帰ろうか」
「はい」
月島さんが確実に安全かどうかはわからないけど、今他に頼れる人はいない。一応警察にすぐ連絡できるように準備だけしておきましょう。
「お邪魔します」
「どーぞ」
車の中はタバコや芳香剤の匂いがしない。大人の車ってタバコ臭いものだと思ってたから意外。
「家どの辺?あ、それとも近くまでにしておく?」
「えっと、」
「近くまでにしておこうか。ここから遠いの?」
「国道から駅に向かって少し戻るんですけど」
「じゃあその辺りにしようか」
私にはよく分からないけど、なにやら操作して、車が滑り出しました。
バックミラーを見るとコンビニの中からあのサラリーマンが見ているのがわかって、すぐに目をそらしました。
「…何があったか聞いてもいい?」
これくらいなら、言っても問題ないですよね?私の情報じゃないし。
「勘違いだと思うんですけど、なんか、後をつけられていたような気がして…」
「…そっか。怖かったね」
「勘違いだと思うんですけどね!私なんかがそんなドラマやニュースみたいな」
「でも。そうやって気を付けてなかったら、本当にニュースになってたかもしれないし」
そう。いつどこで何が起こるかわからない。もしかしたらあの人、また来るかもしれない。
「友達とかに連絡しなかったの?」
「この時間だと迷惑になるし、巻き込んでしまうのも申し訳なくて」
「そうだよなぁ、女の子をこんな時間に出歩かせるのも悪いしねぇ」
そうなんですよね。私だけならまだしも、もしもその子になにかあっては申し訳が立ちません。
「休日出勤かーなんて思ってたけど、今日は仕事しててよかったよ」
「本当にありがとうございます」
「いいのいいの」
行きつけの店のバイトにこんな気を回してくれる人が、この世の中でどれだけいるのか。
「こういうこと聞いたらいけないんだろうけど…」
「なんですか?」
「彼氏いないの?」
「あいにく。お友達ならいなくもないんですが」
「家が遠いとか?」
「遊んだこともなければ聞いたこともないので…」
「そっか」
「あ、この辺りで大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
車だと一本道なのですぐでした。月島さんが話しかけてくれていたから余計にそう思ったのかもしれません。
私の家の近くの、大通り。
「ありがとうございました」
「いいから降りたらすぐに走るんだよ?」
「はい、本当にありがとうございます」
車が止まった瞬間、私は振り返らずに走りました。鞄は軽い、靴も走りやすい。バイト上がりでよかったと思いました。
振り返らずに部屋に駆け込んで、カギとロックをかけてその場にしゃがみこむ。電気はつけない。こういう時は電気をつけると部屋がバレるのでダメだと教わりました。音も立てない。同じく部屋がバレてしまう。
息を整えて、靴を脱いで携帯を開く。時間は25時になろうとしてる。もう疲れた。
寝るのも怖いけど、疲れた。お風呂は明日でいいや。靴下とジーパンを脱ぎ捨ててベッドにそのまま沈みこむことにしました。おやすみなさい。