17日
「六坂さんこれ8番さんへ!」
「はい!」
今日も今日とてバイトです。昨日もプレゼントは決められず仕舞いでした。ですがいいアドバイスを頂けたので、当初よりもいいものを選ぶことができそうです。
「お待たせ致しました」
「ありがとうございます」
最近はよく若い人がいらっしゃるようになりました。今日は若い男性がお2人。通定と、カレー。カレー人気ですね。
「ごゆっくりどうぞ」
皆さん一応近付けば静かにはなるものの、完全に話が止まることはほぼありません。それは老若男女問わず、どなたもほとんどかわりありません。
あまり聞くのも悪いので、すぐに離れるようにはしているのですが、全く聞かないと言うことも不可能でして。
「無事内定出てよかったな」
「そりゃー大地もだべ」
「まだ気は抜けないけど、ひとまずお疲れさん」
聞こえた言葉によると、どうやら就活生だったようです。いつか私も就活戦争に飲み込まれていくのでしょう。選り好みさえしなければそうそう負け戦にはならないでしょうが、用心に越したことはありません。就活には早いのですが、今から準備するに越したことはありませんね。
「六坂ちゃんっ」
「どうかしましたか?」
「またなにか悩んでるな〜と思って」
「就職大変なのかなぁと思っておりまして」
「あー、そうだねぇ。私は就職したくない組だったからなぁ」
「あれ?廣瀬さんは今も社員じゃないんでしたっけ?」
「拒否してるー」
さすが廣瀬さん。我が道を進んでいらっしゃるようで。
「就職でもなんでも、やりたいことをちゃーんとやるんだよ」
「はい」
「嫌いなことやっても苦しいばっかりだからね」
言葉に重みを感じましたが、廣瀬さんも経験があるのでしょうか。
働くと言うことすら満足にできていない私には分かりかねるのですが、苦しんで働くより楽しんで働く方がいいことはわかります。そうなれたらいいことも、そうなることが難しいことも。
「はい、最善を尽くしたいと思います」
「うん」
「ほらー、次11番さん」
「はぁい」
見えない未来より、目の前のリアルでした。これを大切にしなくては未来も真っ暗でした。
「頑張ることも大切だけど、うまーくサボらないとね」
廣瀬さんは茶目っ気たっぷりにそう言うと料理を受け取りにパントリーへと入っていきました。
うまくさぼる。それがどう言うことなのかはよくわかりません。要領よくやりなさいと言うことなのだろうとは思うのですが、そんなうまくできたらみんな楽しい世界になってますよね。
「六坂ちゃん、店長が呼んでるよ」
廣瀬さんはそう言うと料理を片手にホールへと出ていきました。
なにかやらかしたかしら、何て思っても思い当たることがないようでありそうな感じがしてビクビクしながらパントリーへ入りました。
「お、六坂ちゃん悪いね、仕事中に」
「いえ、なにかありましたか?」
「なにかあったのは六坂ちゃんでしょ。この間大変だったんだから」
先週のことを言っていると、すぐにわかりました。あのことはここの人全員が知ることになったのでおかしなことは全くありません。
周知された経緯としては、私を待っていた月島くんのことを説明するのに話さないわけにもいかなかったと言うだけなのですが。
「今日暇そうだから早めに上がっていいよ。まだ最近のことだから気を付けておいて損はないからね」
心配してくださってるのは重々承知しておりますが、迷惑をかけてしまっていると思ってしまいます。
「誰か一緒に帰る人いる?」
「大丈夫です。ご心配頂きありがとうございます」
ここでいないといったらどうなることやら。
しかし、事実月島くんに連絡をする義務があるので嘘でもないです。時間も早いので連絡だけして帰ることにしましょう。
「ではお先に失礼させて頂きます」
「うん。気を付けて帰ってね」
「ありがとうございます」
こんなことが毎日続いては、とてもではありませんが生活できなくなってしまいます。私がひとり暮らしであることは店長も知っているので、そんなことにはならないと思いますがなんとか対策を練らないといけません。
「お先に失礼致します」
「六坂さんあがり?おつかれー」
「六坂ちゃんお疲れ。気を付けてねー」
「はい。ありがとうございます。お先に失礼致します」
挨拶を交わし、着替えるより前に月島くんにメッセージを飛ばしました。
時間が早まったことを簡単に書き込み、さっさと着替えを済ませようとした瞬間携帯が通知を知らせました。着替えを先にしようと1度無視しようとしましたが、途切れることなく通知を知らせ続け、挙げ句電話がかかってきてしまいました。
時間的にまさかお母さんではないだろうと思いますが、万が一があります。先週の件は伝えていませんが、どこから耳にはいるかわかりません。先に出て安心させてあげるのが1番でしょう。
そう思い、シャツを羽織って携帯を耳に押し当てました。
「はい、」
「チョット、早く出てくれない?」
「つっ?!」
お母さんだと思っていたのに月島くんでした。
「終わってすぐなんだから返事できるデショ?シカトするってなに?」
「ごごごごめんなさい!今着替えてて、終わってから確認しようと思ってただけで、けしてシカトしようと思ったわけじゃ」
「ひとりで帰るってなに?バカなの?」
「バカじゃないけど」
「すぐ行くからちょっと待ってて」
「いいよ、まだ早いし」
「早くない。いいから待ってて。ひとりで帰ったら罰ゲームだからね」
「え!ちょ、つっ」
…き、れた。
月島くんは言いたいことだけ言って電話を切ってしまいました。そんなに心配していただかなくても、2時間も早くなったので大丈夫だと思うんですけどね。
いつまでも携帯を見ていても意味がないので、とりあえず着替えることにしましょう。
着替えてメッセージを見ると「僕が連絡するまで店から1歩も出ないこと」と最後に書き込まれていました。
え。これどうすればいいんですか。ホールにいるわけにいかないし、かといって入り口にもいられない。ここにいるしかないじゃないですか。
せっかくなので、ネットで良さそうなものを探して待っていることにしましょう。これならすぐに気付けますし、なにより時間も無駄にはなりません。
しばらくすると、月島くんから「ついた」とメッセージが来ました。ここでお待たせしては意味がないので、できるだけ素早く通用口を抜けました。
通用口がどこにあるかすぐに覚えた月島くんは、近くの道路にいました。
「お待たせしました」
「お疲れ。外で待ってたらどうしようかと思ったけど、ちゃんと中にいたんだね」
月島くんは車中からドアを開けてくれながら、うっすら笑ってそう言いました。
「これ以上ご迷惑お掛けするわけにもいかないので」
「だから迷惑とか思ってないって言ってるデショ?何度言わせるつもり?」
「そうでした。いつもありがとう」
馴れない月島くんの車に乗り込むとシートベルトをしっかりかける。短い距離でもなにが起こるかわかりませんからね。
「なんで早いの?」
「先週のことを心配してくれたみたい」
「それは良かったんじゃない?」
「そう?」
「あとは六坂さんがもう少し危機感を覚えてくれたらいいんだけどね」
「いつもボケッとしてるわけじゃないんだけど?」
「どうだか」
ハンドルを握る月島くんは私と違って少し窮屈そうに見えるけれど、そうでもないらしいです。
1言だけ言わせてもらえるなら、かっこいいの1言に尽きます。
まだこの月島くんに慣れなくて、直視できないなんてことは誰にも秘密にしています。だってまだ3回目ですから。
「僕に内緒でひとりで帰ったりしてないよね?」
「ないよ。この間は久慈さんと帰ったし」
「あの人なんなの?」
「副店長。いい人なんだよー」
「そ」
でも、顔さえ見なければスムーズにお話ができるようにはなりました。
それでも、どうして私を送ってくれるのかと言うことはなかなか聞けず仕舞い。ついでに好みも聞けず仕舞い。だって、月島くん勘がいいからお誕生日のことだとバレてしまいそうなんですもの。だからタイミングを見計らってるのです。けしてチキってるわけではないですからね。
「ほら、もうつくよ」
歩くとそれなりの距離ではありますが、車ではほんの僅かな距離。
「ありがとう。いつかちゃんとお礼するから」
「お礼はいいから、お願い1つ聞いて」
「うん」
お礼じゃないことって?
「僕の名前を呼ばないで会話を進めるの、やめて。別に間違えても罰ゲームとかしないから」
「そんなつもりは…」
バレてました。未だに月島くんのことを名前で呼んだことがないこと。罰ゲームがこわいとかじゃなくて、ただ恥ずかしいだけなんですけどね。
「でも、がんばる。ありがとうけいくん」
「…うん、じゃあおやすみ」
「おやすみ」
名前を呼んでほしいと言いながら眉間にシワを寄せる月島くんには疑問が残りますが、それでも月島くんの初めてのお願いですから。無意識ではありましたが、次からは少し意識していきましょう。