24日

…待っていようと思っていました。ですが待っていると店長たちに弄られてすごくめんどくさいので、つい出てきてしまいました。もちろん連絡もしないで出るのは躊躇われたので、先に帰ると言うメッセージは飛ばしてあります。これですれ違いにはならないのですが、それがダメでした。
端的に申し上げますと、絶体絶命大ピンチです!結果だけで申し上げるなら、おとなしく待ってりゃよかったってことです!

「なんで逃げるのかな?やっと邪魔な奴がいなくなったのに」

どちらかというならインドアで、体力なんてほとんどない私が逃げ切れるなんて到底思っていません。最近なにもなかったから大丈夫かな、なんて、高を括っていたからいけないんです。月島くんがいたからなにもなかっただけなのに、何を勘違いしていたのでしょうか。

通用口から出て少ししたら、あのサラリーマンが後ろにいるのに気付きました。
ほとんど人気のない夜道の中、できる限り人が通る大通りを選びながら進む。それでも、人とすれ違わない。どうしよう、本当にニュースになるかもしれない。

ふと月島さんの言葉を思い出しました。誰でもいいから連絡するんだよ、と。
私が迷わず開いたのは月島くんの連絡先。歩きながら打つのは苦手なのでなかなかうまく打てませんが、なんとか打ち込んで送信しました。

「ひあ!?」

それがよくなかったのでしょう。簡単に捕まってしまいました。

「俺は六坂さんのことを知ってるけど、六坂さんは俺のことを知らないだろ?だからまずは話をしようよ」

ええっと、こういう時はどうするんでしたっけ?なんかこう、逆に捻るんでしたっけ?
なんてパニックを起こしている間に私はぐんぐん引っ張られていきます。

「静かでいい場所があるんだ」

確かにこの人の向かう先には公園があったような気がしますが、同時に夕方を過ぎると急に人が寄り付かなくなる場所でもあった気がします。

「そこなら落ち着いて話せるだろ?」

どうしよう。
携帯がずっと通知を知らせていますが、見る余裕もありません。なにか打ち込もうにも、無理矢理に歩かされながら打ち込めるわけがありません。画面を見ると、月島くんの通知ばかり。どうしよう、すごく迷惑かけてしまってる。
なにも返事ができないまま、トーク通知がきました。私は迷うことなく通話にしました。
何を言ってるかはわからないのですが、携帯から僅かに声が聞こえる。きっとこの人にもそれが聞こえたのでしょう。ふと腕を引かれる力が緩みました。

それを見逃すはずがありません。

私は全力で来た道を戻りました。いくら運動不足とはいえ、動きづらいスーツを着こんだサラリーマンに、そう易々捕まってやるつもりもありません。
走りながら携帯を耳に当てると、今だかつて聞いたことがないくらい切羽詰まったような雰囲気で呼ばれていました。

「っ、月島くっ」
【ホントバカじゃないの?!なに勝手なことしてんだよ!】
「すみっすみませっ!」

怒られて当然です。勝手なことをして余計な迷惑をかけているのだから。

【今どこっ?!】
「お店出てっ北目通を国道方面、1本目左に折れて、えっと、」
【わかったからそのまま戻ってきてっ!】
「はい!」

正直なところ、限界突破してます。追い付かれないのが不思議なくらいです。だからと言って足を止めるわけにもいかない。

「ひっやああっ!」

大通りへ出た瞬間、腕をとられました。全力で腕を振り払ったものの体力は限界。自分の勢いにすら耐えられず呆気なくバランスを崩してしまいました。
それなのにコンクリートの固い感触はおろか、地面に倒れることすらありませんでした。誰か人に抱き止められたような、そんな感覚。

「ホントにバカなんじゃないの?」

携帯と頭上から月島くんの声。どうやら転ぶ前に月島くんが支えてくれていたようです。

「す、すみませ」
「なんだよ、お前…」

来た道には、あのサラリーマン。

「まだ付きまとってたんですね」
「この間の奴か…」

すごく嫌な予感がする。こんな場面、ドラマとかで見たことがある。でも、今はドラマなんかじゃなくて、きっとヒーローなんて現れなくて、月島くんを巻き込んで、きっと…

「怖がってるのがわからないんですか?諦めたら?」

私を抱き止める腕に、ほんの少しだけ力が入ったような気がしました。そんなの思い込みかもしれませんけど。

「そんなわけないだろ?六坂さんはいつも俺に優しくしてくれるんだから」
「…知り合い?」

こんな人、知ってるわけがない。
小さく聞いてきた月島くんに首を振ることで伝えました。

「あなたのことなんて知らないって言ってますけど?」
「そんなわけない!いつも笑顔で迎えてくれるじゃないか!」

…もしかして、

「あのさ、店員がやって来る全ての客のこと覚えてるわけないデショ?」
「そんなわけない!!」

ありますから。あなた誰状態ですから。そして月島くんはサラリーマンの写メ取ってました。

「六坂さん、俺に優しくしてくれたよね…?」

し、知らない…

「いつも笑顔だったじゃない」

そんなもん仕事なんだから当たり前じゃないですか。

「相思相愛じゃないの?」
「勘違いもそこまで行くと清々しいね。妻子持ちのくせしてさ」

月島くんはどうしてこうも冷静にいられるのか。

「僕はあなたがどうなろうと関係ないので、どうでもいいんですけどね」

その答えはすぐにわかりました。
サラリーマンの向こう側、ビルの影から警察の人が出てきて、取り押さえてしまいました。だから冷静でいられたのでしょう。

「大丈夫だったか蛍!」
「大丈夫だけど兄ちゃん遅い」
「ごめんって!」

ああ、月島さんもいたんですね。月島くんは男の子で、ましてや身内がいて、そりゃあ冷静にもなりますよね。
あの人はなにか喚いていますが、後ろに月島くん、前に月島さんで、全く気にならないと言うわけではありませんけど、あまり気になりません。

「六坂ちゃん大丈夫だった?」
「だ、大丈夫で」
「嘘つかないの。立てないデショ」

今立ってるんですけど…

「わ、」
「ほら、立ててないデショ?」

月島くんの支えがなかったら私は立っていることもままならないらしいです。月島くんが離れたらストンと落ちそうでした。

「あの、お話しをお伺いしたいのですが」
「あ、はい」

事情聴取ってやつですね。

「それって今日じゃないとダメなんですか?」
「いえ、遅いので早めであれば後日でも」
「六坂ちゃんいい日ある?」
「基本的にバイトは入ってるのですが、事情を話せば大丈夫かと」

こんなことできる限り言わない方がいいんでしょうけど、当事者が話さないわけにもいかないですよね。まぁこんなの隠せると思っていませんけど。

「明日とか大丈夫ですか?」
「はい」
「一応お名前と住所、あと連絡先をこちらにお願いします」

渡された紙に必要事項を書いていきますが、どうにも字が歪みます。
ああ、バイト先に連絡しないと。

「帰りどうしますか?誰かつけますか?」
「いえ、車で来てるので」
「え」
「ではすみませんがよろしくお願いします」
「お時間のご連絡は直接差し上げてもよろしいですか?」
「あー、一応こっちの番号もお伝えしておきます」
「え」
「はい」

なんか、勝手に話が進んでいるようなのですが…え?私当事者ですよね?

「大丈夫なの?」
「へ?」

それが何を示す言葉なのかはわかりません。全く大丈夫とは言えませんけど、概ね大丈夫と言えると思います。
それをお伝えすると、全く納得していない雰囲気を隠すことなく無言で睨まれました。怖いです。

「では明日はよろしくお願いします」
「はい」

なんだか知らないうちにお話しは終わってました。私が知らないうちに終わるってなんなんですか?当事者そっちのけじゃないですか。

「怖かったよな」
「あ、いえ、」
「今更そんな見え透いた嘘とかいらないから」
「蛍」
「…はぁ」
「待っててな六坂ちゃん、今車回してくるから」
「いえ、そこまでお世話になるわけには」
「自力で歩けないくせになに言ってるの」
「え?わ、」

月島くんが少し屈んだな、なんて思ったら体が浮きました。

「つ!月島くん?!」
「やるなー」
「あっ歩けっ」
「舌噛みたくなかったら黙ってて」
「すぐ回してくるな」

なんなんですかこれ!かっ抱えあげられるってなんですか!恥ずかしいやら怖いやらでいろいろ追い付かないんですけど?!

「その鞄ってなんにも入ってないの?」
「き、今日は偶然」
「あっそ」

月島くんは急ぐでもなく私を抱えあげたまま立ってました。なんで降ろしてくれないんですか。わざわざ抱えあげた意味がまったくわからないんですけど!?

「あの、降ろしては」
「あげない」

ですよねー。わかってましたとも。月島くんはこんな時意地悪なんですよ。
距離を取ろうにもあんまり離れると不安定で怖いし、近いのも恥ずかしいし、どうすればいいんですか?

「蛍、そのまま乗れるか?」

高いやら近いやらで軽いパニックになっている間に、いつの間に着いたのか月島さんが車の中から声をかけてきました。

「うん」

月島くんは迷わず返事をするとそのまま後部座席に乗り込みました。
それはそれは怖いものでした。頭をぶつけたくはなかったのですが月島くんにくっつくのもな、なんて思っていましたら、頭押さえ込まれて結局ゼロ距離になりました。心臓出るかと思いました。

あ!私バイト上がり!牛タン臭いかも!
…恥ずかしい。

「蛍。六坂ちゃんの家知ってる?」
「知ってるけど、六坂さん家帰って大丈夫なの?」
「警察が動いてるから大丈夫だろ。でも六坂さんが不安ならやめる?」
「え?だ、大丈夫ですけど」
「嘘」

え。全否定。

「さっき教えてた番号って僕の?」
「そ。俺は六坂ちゃんの番号知らないし、俺より友達の蛍の方が六坂ちゃんも一緒にいやすいだろ?」
「…母さんに説明よろしく」
「おう。兄ちゃんに任せとけ」

しかもまた勝手に話が進んでるんですけど。
当事者のくせに現状がわからずおろおろしていると、月島くんが呆れたように声をかけてくれました。

「あのね、いまだに震えてるくせに強がらなくていいんじゃないの?」

そんなこと、私のことなのに全く気付いていませんでした。だから字が歪んだんですかね?

「ひとりで大丈夫なの?」
「大丈夫です」
「僕の聞き方が悪かったね…独りじゃ、無理デショ」

大丈夫ですよ。
そんな言葉は声にならなかったけど。