淡いひだまり
「山口」
呼ばれて振り返ると、谷地さん経由で知り合いになった六坂さんがいた。
「あ、六坂さんおはよう」
最初は歯に衣着せぬ物言いでちょっとだけ怖い人だったけど、実際に話してみたら表情がクルクル変わる普通の女の子だった。
でも今日は表情が固い。ものすごく緊張してるような、そんな雰囲気。
「最近寒いよね」
「え?うん」
まだコートを出すほどではないけど、朝晩の冷え込みは確かに感じる。もうそろそろコート出してもらわないといけないかな。
「今日も寒いよね」
正直そんなに寒くないけど、女子は寒いのかもしれない。
「そうだね」
スカート寒そうだもんね。そう思って返事をしたら、六坂さんはなにも言わなくなってしまった。
表情は相変わらず固いままだし、どうしたんだろう?俺なんかまずいこと言っちゃったかな?
「あの!」
「はい!」
びっくりした。六坂さん、急に意を決したように声を出すから。
「…仁花に聞いた、バレー選手は手が大事だって」
勢いよく声をかけてくれたのに、その後に続く言葉はどことなく自信がなさそうだった。
たしかに手に傷ができると感覚変わったりするから出来る限り怪我をしないに越したことないけど、これは他の競技にも言えるんじゃないかな?
「だからこれ、」
そう言って差し出された紙袋。
「え?俺に?」
「うん。よかったら使ってほしい」
「開けてもいい?」
「うん」
かさりと乾いた音の中から、深い青の毛糸の手袋が出てきた。その下には薬用のハンドクリーム。
「わ、いいの?」
「うん。あかぎれとか気を付けた方がいいと思うから」
確かに乾燥するんだよな。
「ありがとう。ハンドクリームを使うって発想にならなかったからすごく助かるよ!」
「喜んでもらえたならよかった」
お礼を言ったら、ようやく六坂さんがホッとしたように笑った。
「手袋はすぐ使わないかもしれないけど、ハンドクリームは今日からでも使わせてもらうね」
「ありがとう」
「お礼を言うのは俺の方だよ!本当にありがとう」
「えっと…じゃあ、もうすぐ時間だし戻るね」
「またね六坂さん」
「うん」
自分のクラスに戻っていく六坂さんを見送ると、入れ違いでツッキーが戻ってきた。
「おかえりツッキー」
「六坂さん来てたの?」
「うん」
「…なにそれ」
[それ]とは俺の机に置かれた手袋とハンドクリーム。そして、それらが入っていた紙袋のことだろう。
「今六坂さんがくれたんだ。手が大事だろうからって」
「ふーん」
「あんまり仲良くないのに気遣ってくれるなんて、六坂さん優しいよね」
思ったまま話してたら、ツッキーは微妙な顔をしながら席についた。
「ツッキーどうかした?」
「どうもしない」
「だって今変な顔してたよ?」
「うるさい山口」
「ごめんツッキー!」
でも気になるんだけど。
ツッキーがなんで変な顔をしたのか考えてたら、ため息をつきながら振り返って一言「今日何日?」と聞いてきた。
「え?今日?」
「そう」
「11月10日?」
「うん」
…?
「お前、それはどうかと思うけど」
「え、ごめんツッキー」
「僕じゃなくて六坂さんに謝んなよ。いくらなんでも可哀想」
え、なに?どういうこと?
「お前誕生日デショ、今日」
「あ!」
そうか。話に出ることがあんまりないから忘れてた。
「でもそういうのじゃないと思うよ?なにも言われなかったし」
「中に手紙とかないの?」
言われて手袋の中まで見たけど、それらしいものは見つからなかった。
「ツッキー、やっぱり考えすぎじゃない?」
「じゃあ山口はたいして仲良くない人にいきなりプレゼントなんかする?」
「…しない、かな」
「そういうことだよ」
「でもツッキーが誕生日の時は?」
「僕はそんなのもらってないから」
ツッキーと話してるうちに、だんだん回答に近付いていく感じはする。でも本当にそうなのかわからない。
「まぁなにも言われてないなら何かする必要ないと思うけど、ちゃんと考えなよ」
確証もないのに?それで間違ってたら俺痛いヤツじゃん。でもツッキーの考えが全く違うとも思えない。
「え!もしそうだったらどうしようツッキー!」
「知らないよ。自分で考えたら」
「ええ!ツッキー助けてよ!」
「無理、やだ」
「ツッキー!」
助けを求めても流されるばっかり。しかも先生が来ちゃったからこれ以上話すこともできない。もちろんツッキーと話して出てきた可能性の話だから、ただの思い違いってこと充分考えられる。だから本人にも誰にも相談できない。
こんな状態で授業に集中なんてできるわけがなくて、当てられても全然答えられなかった。ツッキーは笑ってるだけで全然助けてくれそうにない。
俺にとっていつもと同じはずの誕生日が、図らずも今年は人生初の誕生日になった。