開花宣言

「国見ちゃーん!」

つい先日まで呼ばれていたあだ名に目を向ければ、体育館の入り口に卒業したばっかりのセンパイがへらへらしながら立ってた。

「卒業したばっかりなのに、なにしに来たんですか」
「えへへ、国見ちゃんが寂しがってるかなぁと思って」
「別に寂しくないです」

嘘だ。卒業式からたいした時間は経ってないのに、もうそのへらへらした笑い方が懐かしく感じてる。


「せっかくOBが来たんだからちょっとは嬉しいって言ってくれてもいいのにぃ」
「OBだと男になりますよ」
「そうなの?」
「はい」
「ちょっと金田一!教えてくれてもいいじゃんよー!」

遠いところから金田一の謝る声が聞こえた。相変わらず妙なところで頭が弱い。それとも、単純に知らなかっただけか。
つーか金田一と先に話してたんだ。

「で、なにしに来たんですか」
「んー…ホームシック?」
「ここはセンパイのホームじゃないです」
「そうじゃなくってぇ」

そもそもこの人が「国見ちゃん」なんてふざけた呼び方をするようになったのは、やはり先日卒業したばかりのあの人が原因だ。
それがなければまともに話すことがなかっただろうからいいんだけど、この呼ばれ方に納得はできてない。

「今年は始業式に桜間に合いそうだね」
「そうですね」
「去年はちょっと遅かったもんねぇ」
「そうですね」
「…ちゃんと聞いてる?」
「聞いてますよ」

六坂センパイは、バレー部でもないのにやたらと体育館に来てた。
どこかまの抜けた喋り方に、ほんの少しのどんくささ。サバサバしてるのかと思えばびっくりするくらいの甘え上手。だから及川さん達もこの人のことを猫可愛がりしてたんだと思う。

「で、なんで来たんですか」
「それは国見ちゃんが」
「本音は?」

問い詰めればセンパイは「国見ちゃんが優しくない」と口を尖らせた。
別にいつも優しくしてたつもりはない。だからっていじめてたわけでもないけど。

「ちょっとだけ不安なの」

それは誰もが経験したことのある、未知への不安って奴なんだろう。

「ほら、同じよう県内だけど知ってる人がいないところに行くし、授業だってちゃんとついていけるかわかんないし」
「別に大丈夫なんじゃないですか」
「えー?」

いつだってへらへらしてるし妙なところでどんくさいしたまにアホっぽいところもあるけど、基本的にはしっかりした人だもんな。

「センパイなら大丈夫ですよ」
「そうかな、そうだったらいいなぁ」

なんだかんだ言いながらも、1人で新しい世界に飛び込んで、そこでちゃんとやっていける。でも、我慢するものじゃない。

「もしも辛くなったらこうして帰ってきてもいいんじゃないですか」
「…ここに?」
「はい」

辛いときは逃げればいい。無理して頑張ったって意味がない。だから俺は頑張らないし頑張りたくないし、頑張れなんて言わない。

「じゃあまたみんなに会いに来ようかなぁ」
「センパイ、それちょっと違います」
「なにが違うのさぁ」
「そこは「俺に会いに来る」って言うとこですよ」
「え」

でも、このままセンパイが俺の知らないところでコミュニティを形成して、知らないうちに手が届かなくなるなんてまっぴらだ。

「この意味、わかりますよね」

徐々に赤くなる顔を見ながら笑ってる俺は、はたから見たらいじめてるようにでも見えんのかな。
でも仕方ないじゃん。こんなかわいい人目の前にして笑わないでいられるかよ。

「くっ国見ちゃんやっぱりいじわる!」
「そんなつもりないんですけどね」
「そんなこと言う子にはプレゼントあげないからね!」

今度は俺が驚く番だった。

「センパイ、俺の誕生日知ってたんですか?」
「及川に聞いた」

及川さんやたら六坂センパイネタで俺のこといじってきてたからな。
めんどくさくなって塩対応してるうちに落ち着いたと思ってたのに、まさか六坂センパイに俺のこと話してるなんて思わなかった。

「たいしたものじゃないから、ごめんなんだけど」
「いえ、もらえるだけありがたいです」
「そっか」
「はい」

なんだこの空気。

「じゃっじゃあ私帰るね!」
「はい、お疲れ様です」

いままで体験したことのない空気感にむず痒さを覚えてたら、センパイはさっさと帰る宣言をしてきた。

「国見ちゃんは頑張ってね」
「適当にサボります」
「ダメだから!」

もしも彼氏とか、そうでなくても同級生とかなら、練習見てけばとか言えたんだろうか。

「じゃあね」

六坂センパイがそう言うのとほとんど同時に、監督から集合がかかった。

せっかくなら見えなくなるまで見送りたかったけど、さすがに集合を無視するわけにいかない。
だらりと向かいながら、練習が終わったらセンパイにメールでも送ってみようかと考えた。