秋梅入 月の代わりに舞う蛍

今年は天気が思わしくなかったが、かろうじて十五夜の月が雲間から見えた事は幸いだった。今は翌日から断続的に振り続ける雨が、時折強く音を立てている。

雨の日に出かけることは苦手だ。強すぎる雨音は耳障りだし、傘を持つ為に手は塞がれる。それになにより、どう足掻いても濡れてしまう。だから私は、雨の日は極力家から出ない事に決めている。それなのに休むことを許されず学校に向かわなくてはいけないとは、斯くも学生とは生きづらい。

「また小難しいことでも考えてるんデショ」

どこからか戻ってきた月島から、呆れたように声をかけられた。

「どうしてわざわざ雨の日なんかに外に出なくてはいけないのかと考えてただけ」

月島とは席が近いからそれなりに話す。そうでもなかったら話すことはおろか、知り合いになることもなかっただろう。

「キミって頭はいいのに人間としてバカだよねぇ」
「人間としてバカとは」

私も人付き合いが得意とは言えないけど、言葉の節々から滲み出る、隠すつもりのない失礼な物言いは彼なりのコミュニケーションなのだ。頭にこないこともないけど、いちいち腹を立てるほどの事でもないとほとんど全て受け流してる。

「そんな無駄なこと考える暇があったら次の授業のことでも考えたらってこと」

それもそうだ。次の授業まで時間があるとは言え、あまりのんびりもしていられない。

「次の授業なんだっけ?」
「いい加減覚えたら?生物」

いつまで経っても時間割りを覚えられない私は、ことあるごとにこうして月島に絡んでいる。席替え嫌いな担任だから、ぶっちゃけ半年くらいお世話になってるんじゃないかと思う。それほど時間が経ってるのに、全く時間割りを覚えられない私の記憶力の悪さは担任譲りだと思う。赤の他人だけど。

「てんきゅー」
「発音」

尚、発音はわざとである。

「月島ってさ、なんでバレーやってるの?」
「は?六坂さんに関係なくない?」
「いや、関係ないけどさ、なんでバレーだったのかなって」

きっと幼いときから大きかったんだろうと思うほどの長身だ。月島ほどの身長ならバスケや他のスポーツでもよかったはず。それなのに、どうしてバレーだったのか。

「キミに教える必要ないよね」
「まぁねぇ」

ぶっちゃけ、ただのお知り合い程度の私がその理由を聞けるとははじめから思ってない。
むしろ普通に無理って言われたことに驚きだ。月島の事だからもっと手酷く断られると思ったよ。

「でも室内球技なら濡れないか」
「濡れないけど湿気で滑るよ」
「じゃあ結局濡れるのか」

やっぱり雨はダメだな。家で布団の中に引きこもるしかない。

「もしかして、濡れるのが嫌なの?」
「うん。プールとかも嫌い」

窓の向こう側で、雨が少し強くなった。午後には止むとか言ってたはずだけど、その予報は外れるだろう。

「猫みたい」
「失礼な。犬派であるぞ」
「それ関係ないから」

たしかに関係はない。それに私はどっちも好きだ。
月島は犬の方が好きそうだな。

「ツッキーまた六坂さんと話してるの?」

そう思うのも、この山口が犬属性だと思うからだ。ハチ公を擬人化したらこんな感じになるんだろうかと考えるくらいには、犬属性だと思う。

「まだ時間割りも覚えられない可哀想な頭してるみたいだからね」
「成績はそれなりだけど」
「ここにいるんだから当たり前デショ」
「ツッキー…」

バカにしてるのかそうでないのか、イマイチわかりづらい月島の言葉に、何故か山口が微妙な顔をした。

大丈夫だよ山口。私はさほど気にしちゃいない。だから申し訳なさそうにしなくてもいいんだよ。そう思うが早いか、山口はなにか気付いたような顔をして1度離れると、またすぐに戻ってきた。
その手には小さな包み。

「ツッキーおめでとう!」
「…アリガト」
「月島なんかあったの?」

お祝いされると言うことはなにか良いことがあったんだろうと思うけど、はて、月島的に良いことが全く思い付かない。

「今日はツッキーの誕生日なんだ!」
「山口」

首をかしげて聞いたら、山口が嬉しそうに教えてくれた。そして月島は嫌そうに山口を睨んでいた。
2人がじゃれてる犬のように見えてきたけど、面白いことを聞いた。

「今日16になったの?」
「そうだけど」
「私は半年前に16になってるから先輩だな」
「ププッ半年早く年取るなんてカワイソー」
「お前それ3年後くらいに言ったら殴られるから気を付けとけ」
「六坂さん以外にこんなこと言うわけないデショ」

本気で先輩だなんて思っちゃいないが、想定外な暴言が飛んできて本気で返してしまった。
全く、こいつは失礼に失礼を重ね塗りしてくるやつだな。仕方のない。大人な私は広い心を持って許してあげようじゃないか。

しかし…

「名は体を表すと言うか、君も面白い時期に生まれたもんだね」
「は?」

夏と同じくらい暑い日と冬と思うほどの寒い日が入り交じり、梅雨は開けたのにふと長雨が続く。そんな季節が今。
冷静さの中に秘めた熱さや、大人ぶった見た目や言動から滲み出す子供っぽさ。今の季節こそ、まさに月島じゃないか。

しかし素直にそんなことを言ったところで、またなにを言われるかわかったものじゃない。それらしい言い訳をしておくのがいいか。

「月がきれいな季節に生まれるなんて、すごいことだよ」
「はぁ?」

目立ちはしないけど静かにその存在を主張して、遥か昔から人々の注目を集めていた。そして、道に迷う誰かを無意識に導いてる月。蛍の季節はしばらく前だけど、遅れて迷い出た蛍も素敵じゃない。

「月島蛍、いい名前だよ」
「…いきなりなに?キモチワルイ」
「婿養子なんかに出るんじゃないよ。せっかくの名前が壊れる」
「キミに関係ないデショ」

そう言うと不機嫌を隠すことなく月島は席に座った。そのまま授業の準備を初めて、もうこのまま話を続けるのは無理そうだ。

あや、名前ネタはNGだったのか?それとも無関係の私が婿養子だのなんだのと言ったからか?それは悪いことをしたな。

「月島さんや」
「なに」
「謝るよ。気分を悪くさせてしまったね」
「別に」
「たいしたものではないけど、これを納めたまえよ」

ころりと転がしたのは飴玉とラムネ。

「なんでそんなムカつく言い方なの?…もらうけど」
「心ばかりではあるけど、お祝いだよ」
「…ドーモ」

可愛いげはないけど、人付き合いが苦手な思春期男子だと言うことで許してあげよう。しかも機嫌を損ねさせたのも私だ。今の態度に文句は言えまい。

「お誕生日おめでとう」

そしてその飴玉とラムネの中に、もらったけど食べられないグミがあることは秘密だ。