ベクトルの過ち

私の好きな人には、好きな人がいる。

考えれば考えるほど「バカだなぁ」と苦笑いがこぼれるし、実際にそう言われたこともある。私だって諦めてしまえればいいと思うけれど、それができないんだから好きでいるしか方法がない。
困ったように笑うところも、一生懸命ひとつのことに打ち込むところも、友達をとても大切にするところも、あの子のことが好きなところも。困ったことに全部好き。

それも仕方がないことなのよ。全部彼を構成している一部なんだから、好きで当たり前。

「山口」
「六坂さん!」

高すぎず低すぎない柔らかいその声で名前を呼ばれると、心がふわふわする。

「珍しいね、どうしたの?」

珍しいというのは、私が山口のクラスに足を運ぶことがめったにないことに起因する。廊下やどこかで会えば話すけれど、クラスに行って話すほど仲がいい訳でもなければ、共通の話題もない。

「今日はどうしても渡したいものがあったから」

山口の後ろで会話を聞いていた友達が、憐れみを隠すように、呆れたと言わんばかりのため息をついた。

「誕生日おめでとう」
「え、覚えててくれたんだ!ありがとう」

好きな人の誕生日くらい覚えてるよ、なんてとても言えるわけがなくて「友達だからね」なんてちんけな言葉でごまかした。

「でも俺、六坂さんの誕生日知らなかったし…」
「私が勝手に用意したんだもの、気にしないで」
「次は俺がプレゼント用意するから」

そう言って私の誕生日を聞き出そうとする山口の言葉を交わして、山口の後ろで呆れた顔でヘッドフォンを使って外界を遮断する友達の話を振れば、いとも容易く私の誕生日の話なんて立ち消えてしまう。
それでいい。きっと私の誕生日なんて教えたところですぐに忘れてしまうから。私はあの子になれないし、なれるとも思ってない。

「じゃあそろそろ時間だから」
「うん、またね!」

朝の短い時間だったから、私は自分の教室に戻ることにした。その時にかけられる「またね」の言葉に、私は懲りず期待してしまう。山口が見つけるのはいつだってあの子で、私じゃない。それが無意識なんだからどうしようもないわ。

「六坂さん!」

一時間目はなんだったかしら。そんなことを考えていたら山口に呼び止められた。

「誕生日、後で聞きに行くからっそれ以外にも六坂さんのこと教えて!」

教えたところで忘れられてしまう。教えたのに忘れられてしまうのが辛いなら、初めから教えなければいい。そう思ったから、私についてほとんど話したことがなかった。

それなのに、

「後で教室に行くから、待ってて!」

そんなこと言われたら、期待しちゃうじゃない。

「わかった」
「約束だからね!」
「うん」

きっと痛い目を見るに決まってる。それも心臓が止まりそうになるようなひどいこと。それがわかってるのに期待するのをやめられないんだからどうしようもないと、そう思いながらも嬉しく思ってる私がいるのは間違いなくて。
表情筋が緩むのを私には止められなかった。