月時雨の向こう側

「今年はいきなり寒くなったよねぇ」
「たしかに。先月の半ばくらいで急に冷えるようになったね」

街ではすっかりクリスマス商戦が佳境を迎えている。ギリギリ2桁の気温は、きっと木兎さんでも寒がるだろう。

「最近風邪ひいてないんだって?」
「気をつけてるから!」

そう言って両手でガッツポーズを作る咲菜は、着込んでモコモコしてるのもあってかわいいとしか言えない。

本人は全く気付いていなかったらしいが、学生の時から多少虚弱の気があった。大きな病気こそないが、頻繁に病気になっていた気がする。それとも、そんなイメージがあっただけだろうか。社会に出てからは今のところ体調を崩してないらしいから、その可能性はあるだろう。

「そう言えば、手袋とマフラーはどうしたの?」

寒くなり始めると少しずつ防寒具が増えていくのに、今日は何故か少ない。今日の気温なら手袋とマフラーがあってもおかしくないのに。

「昨日珍しく定時退社できて、その時オフィスに忘れちゃったみたい」
「風邪ひくよ」
「手袋とマフラー忘れたくらいじゃひかないよ」

そう言われても、赤くなった鼻と指先が説得力を失わせている。
ただでさえ朝の雨で気温が上がらないのに、見るからに冷えてる指先を見るとどうにかした方がいいんじゃないかなと考えてしまう。

「そう言えば、マフラーと手袋って学生の時の使ってるの?」
「うん。簡単に壊れる物でもないし、気に入ってるからずっと使ってるよ」

物持ちが良いのも相変わらずらしい。それとも俺が知らないだけで、みんな趣味が変わらない限り使い続けるものなのかも知れない。

「手袋って学生時代にもらったあれ?」
「そう!よく覚えてるねぇ」
「友達にもらったってかなり喜んでたからね」
「そんなにはしゃいだかな…」

たしか手袋も長年使ってて見かねた友達がプレゼントしたんだったかな。この感じだと、マフラーは当時も使っていた物だろう。

「ちょっと見てもいい?」
「予約まで余裕あるしいいよ」

そう言って入ったのは、通り沿いにあったそれほど大きくはない複合施設。フロアマップを見て当たりをつけて店を目指す。

「2人でお店見るの久しぶりだね」

言われてみれば、最近は仕事終わりに食事に行くことが多かった。今日みたいに日中から時間を作って会うのは…いつぶりだ?

「なかなか休みが合わなくてごめん」
「私だって残業も休日出勤も多いし、お互い仕事してるんだからそこは仕方ないよ。ただ、学生の時みたいで懐かしいなぁって思っただけだから」
「あの頃は見るだけで買わないことが多かったね」
「学生の時なんてお金なかったもん」

それもそうだ。部活をしていればバイトなんてする時間はなくなる。そもそもうちはバイト禁止だった。隠れてやってる奴はいたけど。

「ね、なに買うの?」
「ちょっとね」
「仕事で使うなら、向こう見てようか?」
「違うからここにいていいよ」
「そう?」

普段から使えるようなシンプル且つ、オフィスでも使えるような品があるもの。それでいて長期間使ってもおかしくないデザイン。

「やっぱりちょっと向こう見てくるね」
「わかった」

言うのは簡単でも見つけるのは簡単ではない。しかもそれは自分の物じゃない。妙に緊張してるのは気のせいなんかじゃない。

手触りが良くて長期使っても大丈夫そうなデザイン。今日の服を見たところ、前と好みはそう変わってないだろう。変わってなければ気に入ってもらえるはず。そう思って買ったマフラーを手に咲菜の姿を探すと、意外なことに男物の並ぶ棚の前にいた。

「なに見てるの?」
「んー、京治くんも仕事の時はこういうのするのかなーと思って」
「しない時もあるよ」
「そうなの?」
「まだ走り回ることの方が多いから」
「そっか。買い物はもう大丈夫?」
「うん。待たせてごめん」
「大丈夫だよー」

さて。問題はいつ渡すかってことなんだけど、これ以上気温が下がるより前に渡した方がいいだろう。

「ちょっといい?」
「?うん」

出てすぐっていうのもどうかと思ったけど、タイミング的にここしかない。
女子がよくやるかわいい巻き方なんて知らないから、よくある無難な巻き方なのは許して欲しい。

「え、あ、なんで」
「寒そうだったから」
「や、お金…」
「気にしなくていいから」
「ダメだよ!今日京治くんお誕生日なんだよ!?」

あぁ、そう言えばそうだった。いつの間にか今年も後30日足らずだなと思ったのは、つい先日だったはずなのに。

「お金は払います!」
「いや、それはメンツ的にやめてほしいかな」
「だって」
「でももだってもないです。とりあえず受け取ってください」
「で!ぅ…う〜…ありがとう」
「どういたしまして」

不貞腐れてはいるけど、マフラーに埋もれてるから気に入ってくれたんだろう。それとも巻くのが下手だったか。かわいいからどっちでもいいか。

「私もあるんだからね!後でちゃんとプレゼント渡すから!」
「期待してる」

予約までまだ少し時間があるはずけど、多少早く着いても問題ではないだろう。
早足で進む咲菜の後ろ姿をゆっくり追いかけた。