特別な日

ごめん、体調崩したみたい。
そんな連絡があったのは、昼頃のことだった。

「熱は?」
「なかったから、たぶん気圧とかその辺りだと思う」

言われてみれば、今年はここしばらく気圧が不安定な日が続いていた気がする。僕も多少気圧の影響を受けるけど、咲菜のそれは僕の比じゃないくらい。

「寝てなかったんでしょ」
「ちゃんと寝てたよぉ」

咲菜が対策を怠っていたとは思ってない。だけど、もっとできることがあったんじゃないかとも思ってしまう。
きっと他の日だったら、こんなことは思わなかったんだろう。

「夜、顔見に行くから」

別にガッカリしたとか、そんなわけじゃない。誕生日とかいまさらどうだっていいし。
そんな言い訳を自分にしてみるけど、やっぱりどこかでしていた期待を裏切られたような気持ちになるのは止められなかった。
それと同時に、言い知れない不安が襲ってきた。

「大丈夫だよ。大したことないし、明日も忙しいでしょ?」
「僕が行きたいだけだから」

電話の向こう側の空気が、少し和らいだような気がする。それと一緒に、僕の不安も完全ではないものの、和らいだような気がする。

「ねぇ、もしかして笑ってる?」
「そんなことないよ」

そう言った声が、どこか跳ねていることに気付いていないんだろうか。それとも気付いてて分からないふりをしてるのか。
どちらにしても、笑う元気があるならよかった。

「必要なものとかある?」
「大丈夫。逆に受け取って欲しいものがあるくらい」
「それのせいで体調崩したとかじゃないよね?」
「違うから大丈夫」

割と忙しい職場だと聞いてるから、半休をとることもままならないだろう。

体調が悪い時に色々するのが面倒なのはよくわかる。ほっといたら何も食べないかもしれないから適当に食べられそうなものを買って行こうと、了承も取らずに勝手に決めた。

「帰ったら何もしなくていいから、すぐ寝ること」
「でも」
「いいから。わかったね」

それから僕のやるべきことは一つだった。
いつもより早く仕事を切り上げて必要そうなものを手早く買って向かった先は、想像していた状況と違った。

「聞いてたよりひどいんだけど」
「さっきまで大丈夫だったんだけど、帰ってきたらこう…ね?」
「布団に入ってたから許してあげる」

あからさまにほっとした様子を見せた咲菜を横目に、買ってきたものをキッチンに置いてその中からスポドリを出した。
まさかこんなに悪いと思ってなかったから、普通の食事を買ってきてしまった。こんなことならレトルトのお粥とかにした方がよかっただろうか。悪化する前に帰るなり連絡するなりしてくれたら良かったのに。

「水分はちゃんと取ってよ」
「わー、ありがとう」

とは言え、連絡をもらった時は本当に大丈夫だったんだろう。咲菜のことだから、帰り着いた瞬間気が緩んで本来の体調不良が顔を出したとか、そんなところだと思う。

「正直買い物も辛かったから助かったよー」
「僕、普通の惣菜買ってきちゃったんだけど。食べられそう?」
「思ってるより悪くないから大丈夫。全然食べられるよ」

渡したスポドリが喉を流れ落ちるのを見る限り、その言葉に嘘はなさそうだ。しかし、本調子でないのは変わらない。
ゴテゴテのジャンクフードじゃないから大丈夫だと思うけど、不安になる。

「買ってきてくれて本当にありがとう。蛍くんも食べよー」
「ん」

すぐ帰るつもりだったから、それほど量は買ってない。それなのに誘ってきたんだから、やっぱりあまり良くないんだろう。

「これちょっと高いやつじゃない?」
「そうでもないよ」
「いやいや、これ美味しいもん」
「ならよかった」

ゆっくりと、どちらかと言えば水分を多く摂りながら、多少の食事を終えてまた布団に押し込んだ。

「今日はごめんね」
「仕方ないことだし、気にしなくていいよ」
「でもケーキ食べたかったよね」
「そんなの別の日でも食べられるからいいよ」

そう、別日にしたってなんの問題もない。僕の隣に咲菜がいれば、次は必ずまた来る。それを僕はわかってる。

「あ、プレゼント渡したいんだけど」
「元気になったら受け取るよ」
「それじゃあ意味ないじゃん」

プレゼントも誕生日も、正直なんだっていい。毎年楽しみにしてるみたいだから、どうでもいいとは言わないけど、咲菜がいなかったらなんでもない1日として終わってただけ。

「こだわるのもいいけど、僕の誕生日を命日にしないでよね」
「そうならないように頑張るね」

咲菜がいるから、今日は特別な日になる。