この小さな世界で
何処かの地域では、もう雪が降ったらしい。関東で12月に雪が降るなんてほぼ確実にないからどうだっていいけど、赤葦の後輩がいるらしい地域は雪が降ったんだろうか。
「お疲れー」
「ごめん、待たせた」
「大丈夫だよ。連絡くれたし、なにより電車遅延してる放送もあったし」
珍しいとは思ったけど、たまにはこういった不可抗力もあるだろうし、わざわざ怒るようなものでもない。
「なぁに?怒ると思った?」
「いや、怒るとは思ってないけど、遅延で混む中で1人待たせたくなかっただけ」
それなのに、こんなちっちゃいことでこっちを心配してくれるんだから恥ずかしくて仕方ない。
「じゃあ行こうか」
「いいけど、どこ行くの?私何にも聞いてないけど」
「木兎さんみたいなことはしないから安心して」
木兎さんとは遊んだこともないから知らないけど、きっとなにかやらかしたんだろう。相手が誰かも知らないけど。
「今日メガネは?」
「電車乗った途端曇ったから外した」
ラーメン食べた時みたいになったのかな。それはそれでちょっと見たかったかもしれない。
今日は赤葦の誕生日だからって事前に気合を入れて何をしたいか聞いたのに、待ち合わせ場所と多少の服装指定しか言われなかった。だから私はこれからどこに行くのか何をするのか全くわからないまま着いていくだけ。
お金だけはたくさん持ってきたから、たぶん大丈夫。
日が沈んで冷えるというのに、こんな季節だからか街行く人は意外と多い。
「思ったより冷えるね。寒くない?」
「大丈夫だよ」
冷え性の私の冷たい手と、少し体温の高い赤葦の手が、ゆっくりと同じ温度になっていくのは、少し好き。
夏場はとてもじゃないけど、繋ぎたくないくらい暑かったからね。それでも冷たいからって手を取られたけど。
「まだしばらくかかる?」
「いや、もうすぐだよ」
それからしばらくも歩かないうちに、眩いばかりのイルミネーションが見えてきた。
「こんなところ知ってたの?!」
「この間偶然知っただけだよ」
たぶんだけど、クリスマスイルミネーションなんだろう。意図的に見にいくことがほとんどないから、こんなに多彩で規模が大きなのは初めて見た。
「…まるで光の海だね」
「都内でアクセスがいい場所でここまでの規模だと、あんまりないからね」
赤、というよりピンク系のライトをベースにした光の海に、白いツリーがそびえてる。それ以外に緑も青もあるけど、それら全てを正しく表現することは私にはできない。
もしかしたら、赤葦ならなにか相応しい言葉で表現できるのかもしれない。だって頭いいし。文芸誌狙ってたくらいだし。
「真冬ではないけど、やっぱり冷えるね」
「そりゃあ12月だし、仕方ないよ」
「それにしても指先冷えすぎじゃない?」
「こんなもんだよ」
癖なのかいまだに判断がつかないけど、手を繋いでると時折撫でるように赤葦の指先が動く。その時に気付いたことがあれば何の悪気もなく聞いてくる。
手荒れが酷かった時は流石に恥ずかしかったから、すぐにケアしまくったのは懐かしい思い出だ。
「この後レストラン取ってるんだ」
「え、そうなの?」
「明日からまた仕事だし、早めにしたんだ」
「助かるー」
まさか休日出勤からの早出とは、赤葦でも思わないだろう。代休なんてものはなく、繁忙期は馬車馬の如く働くものなのだよ。
勤怠書持っていつか労基に駆け込んでやる。
「あ、ねぇ。レストランって、ちょっと良いところ?」
「うん。あらお金は気にしないで。俺が出すから」
「いやいや!赤葦の誕生日じゃん!」
「男に払わせるものなの」
「イマドキそんなの関係ないし!誕生日なんだから払わせてよ」
「それこそ関係ないでしょ。今日は顔を立てると思って払わせてよ」
そんなこと言われたって納得いくわけがない。でも、こんな状況で折れるようなタイプでもない。
「次は私だからね」
「わかった」
どう足掻いたところで今日は無理だろうから、私が折れてあげるのが賢い選択だと思う。
いつも折れてるわけじゃないからね。ちゃんと勝つときもあるんだから。
「じゃあ、行こうか」
「うん」