2日

「六坂さん久しぶり!」
「あ、久しぶりだねー」

それはお昼時。人が溢れる学食の外のテラスで、1人お弁当を広げようとしていたときでした。
1度も会ったことがないわけではないけど、まさか講義以外で山口くんに会えるなんて思っていなかったのでびっくりしました。

別にいつもボッチ飯と言うわけではありませんからね。そこのところはお間違いなきよう。

「六坂さんは弁当?」
「山口くんは学食?」
「うん。もう中に席なくって探してたんだ」

休み明けで学食が恋しい人たちもいるのか、休み直前とは比べ物にならない混み方を見せる室内を見ると、苦笑いがこぼれました。
これでは山口くんも困っていることでしょう。

「よかったら一緒に食べる?」

ちょうど私のテーブルは席が残っていますので、山口くんを迎えることは可能です。
と言うか、この状態で拒否するとかできませんよ。そんなことしたらただの意地悪でしかないじゃないですか。

「本当?」
「今日は1人で食べる日だから」
「あー、時間合わないとそうなるよねー」
「うん」
「ありがとう。ツッキーもいるけどいい?」
「っ、うん」

そう言うと山口くんは連絡をとるべく携帯を操作し始めました。

山口くんと友達になって、1番よく聞くのが「ツッキー」でした。随分昔から付き合いがあるらしく、山口くんが「ツッキー」を如何に信頼しているのか推し測る必要もないくらい話に出てきます。今だってすごく嬉しそうに携帯をなぞっています。
180は優に越えてるだろう長身なのに、威圧感や恐さをまったく感じないのは、山口くんの人柄故でしょう。

「やっぱり中に席ないからこっち来るって」
「そっか」

その「ツッキー」が「月島くん」だと知ったのは今年に入ってからのことでした。こうして意外な形で私と「月島くん」は友達のようなものになったのです。

「買ってから来るみたいだけど、」
「じゃあ山口くんも買ってきたら?」
「え。でも六坂さん1人で大丈夫?」
「さっきまで1人で食べようとしてたんだから大丈夫だよ」

パニックになっているのを、緊張を悟られないよう平静を装ってはみるけど、はたしてちゃんと装っているのでしょうか。

「…わかった。ツッキーにどの辺りか伝えてあるから、買ったらすぐ来ると思う」
「急いでご飯落としたりしないでね」
「うーん、気を付けるね」

そこは「そんなことしない」とでも言ってくれて構わなかったのに。こんな小さなことでも山口くんの人の良さが窺えると言うものです。

「あ!先に食べてていいからね!」

とは言われたものの、食べてる人の前でそれを眺めているのも微妙な感じじゃないですか。なのでお弁当の蓋は一時的にぱたんします。ご飯は1人で食べるより誰かと一緒に食べた方がおいしくなりますからね。

少しぼーっとしていて思いました。ただボケッとしてても仕方がない。この時間を使ってテキストでも眺めようかと鞄を膝に抱えたとき。

「久しぶり」

男の子にしては少し高めの、透き通るような声が降ってきました。

「ひ、おひさしぶりです」

顔をあげると、学食のトレーを持った月島くん。山口くんより更に身長の高い月島くんが持ってると、普通サイズのトレーがすごく小さく見える。

「なんで敬語なの?」
「いや、びっくりしたから…」

まさかこんなに早く来るとは思わなかったものですから、つい敬語にもなりますよ。
私そんなに長い間ぼけっとしてました?

「早かったね」
「食券は先に買ってたから。六坂さんは弁当なんだって?」
「あ、うん」

正面に座った月島くんの学食は、B定食のようです。みっちゃんが「今日B定のデザートイチゴムースなんだけど!」って言ってたから、たぶん合ってるはず。

「友達は?」
「え?っと、友達は、今日は彼氏と食べる日なので」

あれ?彼ぴぴだっけ?かれぴっぴ?

「ふーん」

平静を装ってはおりますが、正面に月島くんがいて、なおかつ2人きりでお話しをしている状態に尋常でなく焦っております。
お願いしますから山口くん早く帰ってきてください!

「六坂さんは彼氏いないんだ」
「残念ながら、生まれてこのかた1度もそのようなことはなくて…まぁ私なんかよりも美人な方はたくさんいらっしゃるので、仕方ないかなーとも思っているんですけどね」
「は」
「あ!いえ!不快な事を申してすみません!」

しまった!私今なに言いましたか?!月島くんがすごい微妙な表情をしていらっしゃるのですが!

「別にそんなんじゃなくて、ちょっと知り合い思い出しただけ」
「お友達…ですか?」
「高校の時のマネージャー。六坂さんみたいなこと、よく言ってたなと思って」

それは、是非お友達になりたいですね。

「気は合うんじゃない?なんとなく似てると思うし」
「そうなんですか?機会があればお会いしたいですね」
「山口に聞いてみたら?」
「山口くん?」
「山口ならまだ連絡取ってるんじゃない?」
「月島くんは連絡取ってないんですか?」
「グループの通知ウザいからオフにしてる」

それは…グループ参加している意味が…いや、卒業したら必要もなくなりますよね。

「そんなによく鳴るんですか?」
「バカ2人が勉強教えろって…テスト前とかすごい迷惑。もう絶対教えないって言ってるのに」

どんな苦労をしてきたのかはわかりませんが、きっと大変だったのでしょう。

「六坂さんは?」
「え」
「高校の友達と連絡取ってるの?」
「えっと、バイトしてるからあんまり会えないけど、それでも月に1回は会ってる…かな」
「六坂さんバイトしてたんだ」
「うん。駅前の牛タン屋さん」
「仙台の?」
「そうそう」
「へぇ…山口から医学部って暗記多いって聞いたけど、バイトなんてしてて大丈夫なの?」
「案外なんとかなるよ?それに経済学部も暗記多そうだけど」
「ちゃんと理解すれば難しいことはないよ」
「へぇー」

あれ?意外とちゃんと話せてませんか?私凄くないですか?さっきまではなに話してたのかあまり覚えていませんけど。

「医学部ってなにやるの?解剖?」
「去年に比べたら多少は入ってきたけど、まだ座学ばっかりだよ。解剖とか本格的な実験は来年から増えてくるみたい」
「山口もそうだけど、よくできるね」
「待ってるだけじゃダメだって思ったから、」

そう。待ってても誰も助けてくれない。それなら私が動くしかないじゃないかという結論故の、この進路ですから。

「そう」
「あとほら、職に溢れることも少なそうだし」
「それはあるかもね」

そうだ。私が動かないと、恋も動かないじゃないですか。いままでなにをずっとうじうじと考えていたんでしょうか。

「あの!」
「え、なに…」

しまった。勢いありすぎた。

「えっと、あ!マネージャーさんって男の子、ですか?」

そして逃げてしまった!

「女子だけど」
「そ、そうですよね!」
「いきなりなに?」
「いや、いきなり男の子と友達になるのはちょっと緊張しそうだなぁと思いまして」
「同姓でも緊張するでしょ」
「うっ…そう、だけど」
「ホント、似てると思う」

あ…

「お待たせー!」
「遅い」
「ごめんツッキー!」
「え。早くない?」
「ツッキーと一緒に食券だけ先に買ってたから。でも買ったときより人増えてたから受け取るまでに時間かかったー。ごめんね六坂さん」
「や、私は大丈夫」

山口くんが来たことで月島くんの視界から外れた私は、お弁当を広げるべく包みに手を伸ばしました。頭の中では、さっきの月島くんの表情の意味が気になって仕方がない状態ですが。
だってさっきすっごい顔してたんですよ!変とかじゃなくて、こう、優しい表情。大切なものを見つめるようなと言うか…そう、たとえるなら…

「彼女…」
「は?」
「え、六坂さんどうしたの?」
「え!あ、ごめん!なんか言ってた?!」
「いきなり彼女とか言ったけど」

わ!わ!!やだ!

「あ、そ!そう!山口くんも月島くんも彼女いないのかなーって思って」
「いたらいいんだけど」
「僕らのことより自分の心配したら?」
「だ、だって私は豆狸だけどお2人は背も高くてかっこいいので、彼女の1人や2人いらっしゃっらないのかなぁと…」

マネージャーさん、彼女なのかな。

「そこは1人でいいデショ」
「うん」
「あと彼女とかいないし」
「え」
「うん。ツッキーがかっこいいのは同意だけど、俺は別にかっこいい訳じゃないし」
「山口」
「ごめんツッキー」

そっか。彼女いないんだ。じゃああの表情はなんだったの?
マネージャーさんがお好きなんですか?なんて聞けるような関係でもないので、言葉はそのまま飲み込みました。

「食べないの?」
「わ、食べる!食べるよっ」

お弁当を開きもしない私はさぞおかしかったことでしょう。
急かされるようにお弁当を開くのを待ってくれるお2人は、本当に優しい方々だと思います。

「お待たせしてすみません」
「じゃあ食べよっか」
「いただきます」
「いただきまーす」

小さく黙祷をして箸をとる。最初は、そーだなぁ…お浸しかなぁ…

「え、なにそれ」

月島くんにいきなり話しかけられて、あからさまに挙動不審になったのが自分でもわかりました。お浸しがお弁当の上に不時着するのをギリギリで防いだのはすごいと思います。
そんなことより!今何かしましたか?それともどっかおかしかったですか?!橋の持ち方ですか!?

「六坂さんのお弁当すごいね」

山口くんの言葉で、月島くんの言葉は私に対してではなくお弁当に対しての言葉だとようやくわかりました。

「そう、かな…?」
「作ってもらってるの?」
「や、今ひとり暮らしだから」
「自分で作ってるの?」
「うん」
「朝何時に起きてるの?」
「バイトが休みの日にまとめて作って冷凍したやつとか、お惣菜詰めるだけだから、特に早起きはしてないよ」
「これ全部作ったの?」

今日のお弁当は卵焼きに煮込みハンバーグ、ポテトサラダ、アスパラとニンジンのベーコン巻き、ほうれん草のお浸し。ご飯はしらすと梅干しの混ぜご飯。

「ポテトサラダは市販」
「すごいね!」
「そ、そうかな」

休暇明けだからって張り切っておいてよかった!手を抜くとすぐに一色のお弁当になるから、そんな女子力の欠片もないものを見せずにすんでよかったと本当に思います。

「ハンバーグも?」
「この間ひき肉が安かったから、晩ごはんは麻婆豆腐にして、なんとなくハンバーグと肉味噌作って、残りは小分け冷凍してる」
「へぇー」
「なんか主婦みたい」
「え」

それは、褒められてるのかなんなのか…判断に迷いますね。

「バイトしててよく時間あるね」
「さすがにあんまり手が込んでるとできないけど、簡単なものならできるよ」

料理してるときって暇な時間もあるので、その間は授業の復習もできるって寸法です。今回で言うなら、煮込みハンバーグの煮込み時間とかですね。

「じゃあお菓子とか作るの?」
「うーん…最近は頻繁には作らないけど、高校の時は多少」
「どんなの作ってたの?」
「クッキーとかゼリーとか水まんじゅうとか」
「水まんじゅう?!」
「なんで水まんじゅう…」
「え、食べたくなったから?」

調べてみたら作り方は結構簡単だったので。

「葛が余るから水羊羹も一緒に作ったかな」
「なんでも作れるんだね」
「食べたいものとレシピがあれば誰でもできると思うけど」
「買った方が早い」
「だね」
「私の場合は気分転換にもなってるからめんどうとか思わないのかな。2人はなにか気分転換の方法ある?」
「やっぱり体動かすのが1番かなぁ」
「なにするの?」
「バレー。ね、ツッキー!」

月島くんは山口くんを無視してエビフライをかじってました。サクサクで美味しそう。

「?バレーって、バレーボール?」
「うん。見たことある?」
「たぶん…ある」

あれ?昨日もこの話した気がする。なんだっけ…

「ツッキーはすごいんだ!昔からすごかったけど、最近は更に」
「ちょっと山口」
「ごめん!ツッキー」
「あの、」
「ん?」
「なに」
「バレーで、なんか、なんとかさんっています?」
「ヒント少な過ぎて全然わかんないんだけど」
「うん、俺もさすがにちょっと…」
「みっちゃんが言ってた…い…違うな、い…うーん…」
「[い]じゃないんじゃなかったの?」
「ツッキー…」
「あ、イケメン」

そうだ。たしか彼氏がどうとか話しているときでした。

「大雑把なヒントだね」
「友達がこの辺でバレーボールやってるイケメンがいるって」
「あー…」

思い当たる人がいたようで、お2人は困ったような複雑そうな顔をしてしまいました。

「及川さんじゃない?」
「あ、たぶんその人です。友達が知ってて、昨日聞いたばっかりだったからなんか引っ掛かってたみたい」

そうだ、おいかわさんでした。あのあと動画やらなんやら送られてきましたが、ぶっちゃけバイトでほとんど見てないんですよね。

「六坂さんも興味あるの?」
「いえまったく」
「そこまで言い切る女子って初めて見る」
「だって私そのおいかわさんを見たことないから。名前だって昨日知ったばっかりだし」

イケメンと言われたら見てみたい気もしますけどね。別にどうでもいいかなぁとも思います。
人は顔じゃありませんから。

「…もしも興味あるなら、やってみる?」
「なにをですか?」
「バレー」
「え!や、私やったことないし運動神経悪いし、いいですよそんな!」

つ、月島くんにお誘いされるなんてとても光栄なのですが、私の様など下手がやっては逆にご迷惑しかかけないことでしょう!

「本格的なのじゃなくて、ちょっと触ってみるだけでも楽しいと思うよ。ねぇツッキー」
「まぁいいんじゃない」
「じゃあ時間がある日の放課後やってみようよ!」
「う、うん!」

わ、うれしい。ほとんどやったことない私ですが、折角お誘い頂いたので全力で挑みたいと思います。

「どうでもいいけど、2人は食べないの?」
「え!」
「時間なくなるけど」
「た、食べるよ!」

月島くんに急かされて箸を進めるのが少しおかしくて、山口くんと少しだけ笑った。

「なに笑ってるの?」
「そんなことは!」
「ごめんツッキー」
「うるさい」

お2人のやり取りを見ていると、どうしても笑ってしまうんですよね。
いつも気にしていなかったつもりですが、やっぱり誰かと食べるご飯は楽しくておいしいですね。