3日

「お先に失礼致します」

明日のシフトと代わってほしいと廣瀬さんに頼まれたので、予定外に時間ができてしまいました。休みに毎回予定があるかと問われれば、もちろんそんなことはないのですが。突然時間ができても困りますよね。

せっかくなので買い出しでもして、冷凍食品を作ることにしましょうか。
今日の晩ごはんはひき肉とお豆腐にして…あ、きんぴらごぼう食べたい。お米も少なくなってたなぁ。そう言えば洗顔もなくなりかけてたかも。

そうと決まれば善は急げ。買い物を済ませるべく駅へ向かうことにしましょう。


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土曜ということもあり、夕方になっても駅前は賑わっております。この辺りまで来ないとなにもないのが現状なので、当たり前と言ったら当たり前なのですが。
私の両手にはビニール袋が2つ、どちらもまるまる肥えています。いえ、こんなに買うつもりはもちろんなかったんですけど、お米が新米だったり牛乳が安かったりとかしたのでつい買いすぎてしまって…後悔はしてます。

この間台風が通りすぎたばかりだと言うのに、今度は南の方に来ているからか。気温が妙に高く感じます。荷物は重い。バイト上がりで疲れた体にはキツいものがある。これは主婦と言われても仕方がないですね。

「あー…」

ちょっと待ってください。簡単に報告しますと、ビニール袋がご臨終待ちなんです。どうしたらいいんですかこれ。お兄さんもう1枚くれる優しさが欲しかったです。エコとは言え、道にぶちまけた方が地球にも私のお財布にも優しくないです。
家までもうちょっと。だけど袋はもうもたない。
はい詰んだー。これどうしろって言うんですか。荷物置いて後で取りに来るなんてそうできませんし…うーん…

「あの、」
「あ、すみません。邪魔ですよね」

なんだか背が高くて優しそうなお兄さんに声をかけられました。
道路で立ち止まるなんてなんて迷惑なことをしていたのでしょうか。これは万死に値します。ですがそれはちょっと怖いのでなにか他の、

「そうじゃなくて、困ってるように見えたのでなにか手伝えるかなと思いまして」
「ああ、ありがとうございます」

お兄さんの言葉で1度思考はストップさせました。
こんな道端で立ち止まってる人に声をかけられるって、なんていい人なんでしょうか。希少種ですね。

問題はこの心優しいお兄さんにどう説明をするか…袋がちぎれかけてるって、手伝ってもらえるもなのか…

「どうしたんですか?」
「袋がちぎれかけてて…」

すごく微妙な説明をしようと思い、袋の取っ手をほんの少し持ち上げたときです。

「ちぎれましたね」
「…そうですね」

ちぎれました。
どうして今ちぎれたんですか!完全に詰みですよ!もはや罪ですよ!

「ちょっといいですか」

お兄さんは取っ手を結んで繋いでくれましたが、伸びきった取っ手はまたすぐにちぎれることでしょう。

こんなことなら真っ直ぐ帰るべきだった。後悔先に立たずですよ。ああ、せっかく駅まで来たのだからプレゼントも考えるべきだった。

現実逃避まがいの考えをしていた時、お兄さんは取っ手を縛り中身が溢れないようにすると、ひょいと袋を持ち上げてしまいました。

「どこまで運べばいいですか?」
「え?」

ちょっとイミガワカラナイ。

「お米を腕に下げてこれ抱えるなんて大変だと思いますし、俺でよかったら運びますよ」

…メシアですか。

「でもお兄さんのお手を煩わせるわけには」
「まだ時間ありますし、ここで無視した方が気になって仕事に手がつかなくなりそうなので。あ!迷惑だったら全然断ってくれていいんですけど!」
「そんなことありません!ありがとうございます」

世の中捨てたもんじゃないですね。

「どの辺りにお住まいなんですか?」
「ここからだいたい10分くらい行ったところですね」
「駅からだと遠くないですか?」
「はい。こんなに買い物する予定はなかったのですが、安売りに負けてしまい…」
「ああ、それは俺も経験ありますよ」
「あ、ここ右です」
「はい」

お兄さんは驚くほど優しくて、どことなく山口くんに似た印象を受けました。見ず知らずの通りすがりの他人を助けるなんて、そうそうできることじゃないですよ。

「もうすぐ着くので」

そしてお兄さんの雰囲気のおかげか、ひどく気まずくなることもないまま私は無事家まで帰りつくことができました。
このお兄さんじゃなかったら、どんなに押し付けがましく手伝いを申し出ていただいても拒絶したことでしょう。だって気持ち悪いじゃないですか。

「ここです」
「あれ?」

私の住むアパートを見るや否や、お兄さんが不思議そうな声を出しました。

「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと懐かしいなと思って」

そう言ったお兄さんの目は、ここではない遠くを見つめていました。

「ここがですか?あ、うち2階なんですけど」
「玄関まで運びますよ」
「本当にありがとうございます」

深く追求できるほどの仲でもないので、これ以上は聞きませんけど。

お兄さんは玄関には入らず、お米を置いた私に袋を渡してくれると言う紳士さを発揮してくれました。

「本当に助かりました。ありがとうございます」
「こちらこそ、押し付けがましかったと思うのに」
「そんなことないですよ。お兄さんが助けてくれなかったら、1度あそこにお米を置いて往復することも考えましたから」
「…その前に通りかかってよかったよ」

受け取ったビニール袋から、カフェオレを探し出してお兄さんに。

「これ、よかったら」
「いや!受け取れませんよ!俺が勝手にしたことですし!」
「でも助かったのは事実ですし、甘いの苦手じゃなかったら是非」

そう言ってもお兄さんは受け取ってくれない。
ここまで助けてもらってなにもしないのも、それはそれで気持ちが悪いんですよね。でも無理矢理渡すのも違いますし…あ。

「じゃあひとつ教えて下さい」
「え?」
「答えていただくお礼に、受け取ってください」

まぁ答えていただかなくてもなんとかして受け取っていただきますけど。お兄さんが押し付けがましいなら、私も押し付けがましくていいですよね?
そんなことを考えていたのがわかったのか、お兄さんは苦笑いしながらもようやくカフェオレを受け取ってくれました。

「お時間は取らせません。このアパートを見て懐かしいと仰った理由が気になりまして」
「ああ」

かなり不躾な事を聞いている自覚はありました。これもカフェオレを渡すためです。
…好奇心があるのは否定しませんけど。

お兄さんはやっぱり懐かしそうに表情を緩めると、玄関の横にある金属の扉を見ました。
中にはガスメーターや電気のなにかが入ってたはず。ちゃんと見てないのでよくわかりません。

「工業高校出身なんですけど、学生時代にこのアパートの外壁塗装工事を手伝ったことがあって」
「そんな偶然もあるんですねぇ」
「見てびっくりしましたよ」

確かに3年くらい前に外装工事をしたとか書いてあった気がします。

これ、塗ったんですかねぇ。

「でも、こうして誰かが住んでるんだなって思うと嬉しいものですね」
「これからもお世話になります」
「え!俺は建てたりしてないので、なんかそう言われるのも違うと思うけど」
「でも、建築に携わった方ににお会いする機会もなかなかないので」
「…それもそうですね」

さて、あまり引き留めてお仕事に支障が出ては困るでしょう。建築関係は厳しいと聞いたことがありますし。

「ではそれは飲むなり捨てるなりお好きにしてください」
「いえ、帰ってからありがたくいただきます」

お見送りすら、暗くなり始めてるから危ないと言って拒否されました。
ほんの1分足らずの距離で何が起きるわけでもないのに…このお兄さんは本当の希少種ですか。

「今日は本当にありがとうございました。最後に無理矢理引き留めてしまいましたし」
「いえ、本当に気にしないでください」
「お仕事頑張ってください」
「ありがとうございます」

なんだかほんわかするお兄さんを見送って、家に入って突然思い出しました。

「…プレゼント、また忘れてた」