黒百合をその手に


さらりさらりと、葉擦れの音が心地よい季節。どこかの家で香でも焚いているのでしょう。白檀の香りが鼻孔を擽りました。
人によってはひどく嫌われる香りですが、私は白檀の独特な香りがけして嫌いではありません。記憶にもない遠い昔を思い出すようで、とても嫌いにはなれないのです。


「こほん、」


下校途中に、どなたかの家で咲く花をぼんやり見上げながら咳を一つ。


「ごぼっこほんっ」


季節的にも空気がひどく乾燥しているわけではないのに、ここ最近咳が出るようになりました。
親に聞いたところ、小児喘息を患っていたそうなので「もしかしたらそれかしら」なんて至極お気楽に構えていました。


『こほん、ごほっ』


しかし、どうやらそうではなかったようです。

喉の奥。気管支の方からずっとなにかが詰まっているような違和感がありましたが、今それが漸くはずれたようなスッキリとした心持ちを同時に。口から、花が出てきました。


「…どうしてこんなものがでてきたのか…」


はて。私はいつから奇術師になったのか。

どうやら私の口から転がりでたらしい花は、見ればみるほど不思議でした。私の口から出てきたとは、とてもではありませんが思えないようなやたら大きな花。きっと百合の仲間でしょう。それらしい形をしています。茎も葉もない。ガクから上の花だけが私の手のひらに落ちていました。


「これは、病院に行くべきなのか…」


こんな病は見たことも聞いたこともありません。体調不良であれば病院にいった方が良いのでしょうが、もしもこれが新しい病だったら投薬実験やらなんやらされてしまうのでしょうか?
そんな嘘か真かわからないドラマや小説のようなことを考えて、少し笑ってしまいました。

その拍子にまたごほん。次はプランターでよく見かけるパンジーが出てきました。今度は茎もついています。パンジーにしては少し小ぶりに見えますが、生憎私は花に詳しくないのでパンジーだと思うことにします。


「とにかく、早く家に帰るほうがいい…かな」


未知の体験に不安で落ち着きませんが、いつまでも道路に立っているわけにもいきません。偶然にも花を吐くところは誰にも見られていないようですが、突然花の部分だけを持っているので、もしや「花壇から摘んできたのかしら?」などと思われたらたまったものではありません。そんな悪い子ではありません。

できるだけ咳き込まないよう気を付けて家まで急ぎましたが、帰りつくまでに私の腕の中はお花畑になっていました。




(恋の呪い)

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