芥子の花に抱かれて
ようやく着いた保健室は、偶然にも誰もいませんでした。入り口に外出中の札がなかったので、きっとトイレかなにかで一時的に不在となっているだけしょう。
保健室についてからの柳生くんは恐ろしく手際がよく、有無も言わせず私をベッドに押し込みました。
「あの、私なら大丈夫だから」
「無理はいけません。先生はいらっしゃいませんが、ベッドは使わせていただきましょう」
「あの」
「さすがに体温計を勝手に使うのは良くないですよね」
柳生くんは一人で話しながら保健室利用者カードに記入しています。
私も柳生くんに話しかけてるので、無視してまで一人で進める必要はないんですよ?これじゃあまるで私が独り言を言ってるみたいじゃないですか。
「あの、柳生くん」
「どうかしましたか?」
ようやく声が届いたようです。
「私なら大丈夫だから、柳生くんは授業に戻ってもいいよ?」
「それはできません。せめて先生が戻られるまでこちらにいますよ」
「いや」
「あ、もし私のことが気になるようでしたらどうぞカーテンを引いてください」
そうじゃない。
なんだか私のなかで柳生くんのイメージがどんどん変わっていきます。少し怖い人から、変な人に。これはマイナスへの変化ですよ。ご本人にとっては由々しき事態となることでしょう。なのでせめて話は聞いてもらいたいと思います。
「ほら、よくあるでしょう?保健室での不純異性交遊」
「ええ。事実は分かりかねますが、ドラマなどで耳にしますね」
「知らない人が見たら、勘違いすると思うの」
なんて。ありえないと思いますけれど。
いくら保健室に二人きりだといっても、真面目を絵に描いたような柳生くんが相手ではそうも思われないでしょう。
「確かに、万が一勘違いされてしまっては島守さんに申し訳ありませんが…」
少し考えて口を開けばそんなこと。普通なら「そんな噂たてられたらたまったもんじゃねーや」くらい言いそうなところですが、そうならないのが柳生くんらしいと言いますか。
「ですがお一人では心細いでしょう?」
「大丈夫。私のことは気にしないで」
「では、せめて職員室で先生を呼んできます。先生がいらっしゃるまでは寂しいかと思いますが」
「そんなに気を回さなくても大丈夫なのに…でも、気遣ってくれてありがとう」
「やっと笑っていただけましたね」
「え?」
「ずっと不安そうな顔をしていらしたので心配でしたが、安心しました」
ああ。どうやら柳生くんがしつこかったのは私を心配してのことだったようです。変な人から優しい人にプラス変化しましたよ。むしろ勝手に勘違いをしてしまい申し訳ない限りです。
「あの、ごめんね」
「どうして島守さんが謝るのですか?」
「心配かけちゃったし」
「クラスメイトを心配するのは当然ではありませんか。それに、島守さんは女性なのですから、私としては当然のことをしたまでです」
当然のことだなんて、そう言える人がこの学校だけでも何人いるのやら。
「じゃあ、ありがとう」
「どういたしまして。では、ゆっくりしていてくださいね」
「うん」
柳生くんが保健室から出ると、ようやく私は一人になれました。
そんなに不安そうな顔を、果たして私はしていたのか。鏡なくして自分の顔を見ることは叶わないのでわかりませんが、きっとそうなのでしょう。
私が思うに、柳生くんはどこまでも優しい人なのだと思います。それが友達だろうとただのクラスメイトだろうと道端の他人でも、平等に同じように優しさを振り注げる。そんな人。
保健室のベッドはとても寝やすいとは言えませんが、睡眠不足に加え体力精神力共に磨耗した私を微睡みに誘うにはちょうど良い寝具でした。
(眠り)
(休息)