脳髄までムスカリの薫りを


「ごめんなさいねー、そこで柳生くんにあって話は聞いたわー」


久しぶりの穏やかな微睡みに任せ、ボンヤリと枕に顔を埋めていた時でした。
静かに開いた保健室のドアとは真逆に賑やかに話ながら入って来たのは、常駐している先生ではなく養護教諭の佐藤先生でした。
週に3回ほど来ているそうですが、そうか。それが今日だったんですね。


「いえ、勝手にすみません」
「そのまま寝てていいから。見たところ顔色はそんなに悪くないわね。熱はない?辛くないなら少し話しましょうか」
「はい。熱はないので大丈夫です」
「そう?あ、起きなくていいからね?今日はどうしたの?」
「ちょっと気持ち悪くなってしまいまして」
「原因はわかる?」


考えなくてもわかる。


「最近寝付きが悪い上に夢見も悪くて」
「睡眠不足ってこと?授業中寝てないの?」
「寝ませんよ」
「まっじめー!中学の時なんて、先生寝まくって怒られたわよ?」
「いや、そこは起きててください」


と言うか、教師が何を言うか。


「寝て治りそうならベッド使って良いけど、ずっと嫌な夢見るならちょっと寝るの怖いわよね」
「まぁ、そうですね」


寝ること自体にはなんの抵抗もないけれど、問題は今先生が言ったように夢にある。夢見が悪いと言っても、私が恐れていることをそのまま夢に見ているだけなのだから、意識しないようにすればいいのでしょう。ですがそれができれば苦労なんてしないのです。

「夜と昼じゃ環境が違うから、眠れそうなら寝ちゃった方がいいわ」

確かに、昼間に寝るなら大丈夫かもしれない。先生もいるし他の生徒の声もする。もしかしたらゆっくり眠れるかも知れない。反対にまったく眠れないかも知れない。
そう思っていたにも関わらず、正式に許可も得たので布団に潜って目を閉じると想像以上に早く眠気が襲ってきました。

これが昼に寝る背徳感か。なんて訳のわからない事を考えながらもホンの少しの安心を覚えたのは確かでした。ですが、それが間違いだったのかもしれません。

突然の吐き気で目が覚めました。


「島守さん?!」


突然の吐き気に私は驚いて、ベッドから滑り落ちました。家では布団を敷いているので感覚を間違えたのです。
体を打った痛みにも勝る吐き気に、私は蹲ることしかできません。先生もどうやら私が痛がっている訳ではないと気付いたようでした。


「島守さん!落ち着いて、ゆっくり呼吸するのよっ」


えづくばかりで呼吸もままならない私にかける言葉として間違ってはいないと思うのですが、正直そんなことはどうでもよかった。先生がいる保健室で吐くわけにはいかない。でも気持ち悪い。吐きたい。でも吐きたくない。
苦しくて怖くて、涙が滲みました。


「桶あるから、無理に我慢しなくていいのよっ?」


そうじゃない。そうじゃないから一人にしてください。


「先生ちょっと外にいるから、気にしなくていいからね?」


カーテンから先生が離れた気配だけを感じる。その瞬間、喉の奥から花が溢れだしました。大小様々な、美しい色とりどりの花が。

それを見て、今度こそ涙が出ました。喉が痛いとか苦しいとか、そんな理由ではありません。眼前ではないにしても、他人の前で花を吐いてしまった事実に涙が溢れました。

こんな時まで、私は自分の事しか考えられなかったのです。
この状況で先生に隠れて花を処分できるはずがない。気付かれないわけがない。そうしたらどんな目で見られるのか、どんな反応をされるのか。明日私はすべてを捨てて新しい生活を送らなければなくなるかもしれない。そんなことを考えました。

それが如何に賤しい事か。そのなんと愚かな事か。私はどうなってしまうのか。どうすればいいのか。
頭の中はパニックに陥っていました。


「島守さん、大丈夫…?」


ああ。もう。
どうして私は【普通】ではなくなってしまったのでしょうか…?




(失望)
(失意)

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