私は毎年ハロウィンの夜に1人で仮装をするのが習慣になってる。学校の子と仮装はするけど、かわいい感じの衣装を着ていつもと同じように喋ったりお菓子を食べるだけだから、正直物足りない。だからこそ、私は夕方までに帰って全力の仮装をして1人で街に繰り出す訳なんだけど。

今年はハーフツインテールにガシャポンで出した狐面の髪飾り。コテでストレートの髪を巻いてふんわりさせる。着丈は股下までに短く仕立てた振り袖。勿論芯を入れた衿で形は綺麗に。プリーツスカートの下には控えめパニエとカボチャパンツ。帯はお七結び。その上に長く仕立てた兵児帯で飾り結びをして、余らせた手はそのまま垂らす。レースアップのニーハイをガーターベルトで留める。足元はお気に入りの厚底ヒール。化粧は赤をハイライトに濃いめのつり目メイク。さすがに九尾は無理だったけど、これできつね色モチーフの仮装の完成。

毎年妖怪をテーマにしてるけど、学校がある年はあんまりがっつりはできない。と言うか、したくない。だって仮装するには時間が短すぎる。
でも今年はなかなかいい感じにできたから、正直テンションはうなぎ登り。冬用あったかポンチョを羽織ってお気に入りの真っ赤なショルダーバッグを下げて意気揚々と街へ繰り出した。

「…あれ?」

さて、ここで1つ困ったことになった。

「三橋さん?」

なんでここで知り合いに会うんだろう。

「…夜久くんが、なんでこんなところにいるの?」
「あ、やっぱり三橋さんか!学校と全然雰囲気違うな」
「うっ」

そりゃそうだよ。みんな私がこんなことするキャラだと思ってないもん。だからこそ学校の子との仮装が買った衣装を着るだけの超絶簡素でもなにも言わないし、こうして全力で仮装して歩いてもバレないんだもん。

それなのに、

「へぇ、意外だな」

なんで普段ほとんど話さない男子にバレたの?

「あれ?なんか身長近い?」
「厚底だから…」
「なるほどな」

部活なんてしたことがなかったから、この時間が運動部の部活終わりの時間だなんて知らなかった。
知り合いにこんな興味津々に見られることがないから恥ずかしくて仕方ない。

「や、夜久くんはなんでここにいるの?部活は?」
「ん?部活はやって来たよ。サポーター買い換えようかと思って」

いつもなら少し見上げてる夜久くんの顔がほとんど同じ高さにある。それなのに視線が合わないのは、落ち着きなく私の服を見てるから。

「その上着の下ってどうなってるの?」

しかもポンチョの下を見せろと言ってくる。

「え、あの」
「いやならいいんだけどさ」

別にパンツ見せろとか言われてるわけじゃないからいいけど、

「どっか室内なら、いいよ」
「あ、そっか。寒いもんな」

寒いとかじゃなくて、パレードでもないのに全部お披露目するのが少し恥ずかしかっただけなんだけど、まぁいいや。

とりあえずと向かったのはカフェ。
時間も遅いから少し居座るには都合がよかった。

「なんにする?」
「アールグレイ」
「オッケー」

何も考えないで紅茶を選んだ。夜久くんはコーヒーにしたらしい。お財布を取り出そうとしたら軽く制されて、そのままお会計をされてしまった。払うと言っても「わざわざ見せてもらうんだから」と言って受け取ってくれない。

「じゃあ席取っておいて」

いつまでもするやり取りではないし、粘ったところで受け取ってくれそうにない。それならばと言われた通り私は席を取りに夜久くんから離れた。

店内でポンチョを着てるのも暑いから、ポンチョを脱いで無事見つかった席を陣取って大人しく夜久くんを待ってるんだけど、よく考えたら仮装した状態でお店に入ったことがないことに気付いて困った。仮装をしても何らおかしくない今日だから不躾にジロジロ見られることなんてないけど、多少の視線はやはり投げ付けられる。普段人に見られることなんて殆んどないから、覚悟はしててもやっぱり少し恥ずかしい。

「お、いた」

夜久くんが着て投げ付けられる視線は少し減ったけど、真っ正面から夜久くんに見られるんだから状況はあまり変わらない。

「砂糖1個でよかった?」
「うん、ありがとう」

本当は2個ほしかった、なんて言葉は飲み込んだ。夜久くんにお金だしてもらってお砂糖の気遣いまでしてもらってそんなこととてもじゃないけど言えない。

「上は普通の着物なんだな」

紅茶をもらってお砂糖を溶かしてると、夜久くんから服についてコメントが来た。

「形はね」

そのためにここにいるんだけど、こうして見せることになるのは初めてだから言葉が固くなる。

「なんか着なれてる?」
「なんで?」
「いや、袖っていうの?なんか下に引き摺らないように綺麗に畳んでるから」
「本物の着物は慣れてないけど、袂が汚れないように気を付けてたからかな」
「へぇー」

夜久くんだったら、狐じゃなくてなんだろう。なんて、緊張を誤魔化したくて余計なことを考えちゃう。

「毎年やってるの?」
「え?うーん、同じじゃないけど」
「毎年違うやつ?すごいな」
「そうでもないよ」

使い回したりもするから、全部作ってるわけじゃない。帯は完全に買ったやつだし。

「でもすごいよ」

手放しで褒められると、ちょっとだけ嬉しい。

「似合ってるしめちゃくちゃかわいい」

でも、これは恥ずかしい。

「えっと、ありがとう」
「学校でもなんかそういうのすればいいのに」
「それは無理かな」
「髪くらいならできるよね?」
「できるけど、ちょっとめんどくさい」
「そっか」

チビチビと紅茶を飲みながら話してたけど、時間も時間だしそろそろ帰ろうかってなった。
あんまり遅くなると家族も心配するから、あんまり出歩けなかったけどそれはたいしたことじゃない。夜久くんと別れる前に、私は聞かなきゃいけないことがある。

「あの、夜久くん」
「なに?」
「なんで私だってわかったの?」

気付かれたときからずっと気になってた。
知り合いに会うこともなかったけど、それでも気付かれたのは初めてだった。

「んー」

ぶさいくだったかな。いや、でも褒めてくれたしそんなことないと思う…思いたい。
そう思ってたんだけど、夜久くんの言葉に足が止まった。

「三橋さんだったからかな」

まさかそんなことを言われるなんて思ってなかった。
たとえそれに深い意味がなかったとしても、そんなこと言われたら気になるに決まってるじゃん。

「ほ、他の子でも気付くでしょ」

気にしてるなんて思われたくないのに、噛んじゃった。

「いや、たぶん三橋さんじゃなきゃわかんないよ」

なんでそんなこと言うの?話したことなんて殆んどないのに。

「またそういうのするときは見せてよ」
「え」
「勿論嫌じゃなければだけど!」
「えっと、そんなに?」
「三橋さんの新しい一面見た感じがして嬉しかったし」

夜久くんならいいかな、なんて思っちゃうのは、きっとハロウィンで頭がどうかしてるからだ。

「じゃあ、また機会があったら教える」
「待ってるな」

今日まで、ハロウィンってやつは1人で楽しんで完結する日だった。楽しいけど、充足感とは異なってた。それが夜久くんにあって変わった。
見られて褒められて恥ずかしかったけど、夜久くんの言う「次の機会」がいつ来るのかもわかんないけど、その時がくるのがほんの少しだけ楽しみになった。


2017/10/31