「あれ?まだ残ってたの?」
「たまにはちかちゃんと帰ろうかと思いまして」

空が茜色に染まる頃、ようやくちかちゃん達が部活を終えて校門まできた。

「なんだ?力の彼女か?」
「違うって」
「ただのお友だちですよー」
「ふーん」

ちかちゃんなんて呼んでると、みんな疑うんだよね。なんにもないのにねぇ。
でも、こうしてたくさんの人に見られるのはなかなかどうして居心地がよくないものだ。

「送ってくのか?」
「うーん、三橋1人で帰すのも不安だし」
「この後はすぐ暗くなるしな。気を付けて帰れよ!」
「じゃあな」
「バイバーイ」
「おう!じゃあな!」

坊主頭はなんか怖かったけど、ちっちゃいのはやたら元気だった。ちかちゃんの仲間、友達。フレンドリーに返してみたけど、ちっちゃいのと違って坊主は返してくれなかった。

「ちかちゃん、今楽しい?」
「は?て言うか、その呼び方いい加減やめない?」
「まだやめなーい」

私とちかちゃんは幼なじみでも、ましてや親友なんて大それたものでもない。保育園から高校まで偶然一緒なただの腐れ縁。付かず離れず、近いようで遠い距離感の曖昧な関係。

「前見て歩かないと転ぶぞ」
「だーいじょーぶーっ」

長さの違う影が、茜色の空の元細く伸びる。
揺れる影を追いかけながら歩くと、私はどうしても左右に揺れる。ちかちゃんの目の前をふらりふわりと歩く私の背中は、ちかちゃんにはひどく頼りなく見えるだろう。私にできることはなんだろう。

「はぁ」

後ろから聞こえたのはため息。

「ため息?そんなものしたら妖精さんが死んじゃうべ」
「幸せが逃げるんじゃないんだ」

言ってみたけど、これはどこの国の話だったかな。

「ちかちゃん達さ、明日から春高だべ?」
「え?うん」

ちかちゃんにとって、2回目の春高予選。ちかちゃんにとって、何がなんでも勝ち抜きたい試合のひとつ。

「ねぇちかちゃん」
「なに?」
「未来は見えてる?」

私の発言のほとんどは、不思議な言葉だと思われてるだろう。妖精がどうとか言ってみたり、野良猫と話したり、昔は熊相手に喧嘩しようともしたな。

それでも、今回ほどちかちゃんが緊張した顔を見せるのは初めてだ。

「…なにそれ」

ちかちゃんが試合に出てるのを、私はほとんど見たことがない。2つ上の先輩が引退して1年が入ってくる前はたまに出ていたけど、引退するまではベンチだった。1年が入ってからも、ベンチなんだろう。
練習が苦しくて、部活を休んだときもあった。きっとそれが、今もちかちゃんの中で大きなトゲになって残ってる。

「大丈夫だよ、ちかちゃん」

薄紫になった夕日に照らされる。私はちゃんと笑えてるかな。

「ちかちゃんならどんな人が相手でも、ちゃんと立ち向かえる」

ちかちゃんは私が知ってる誰よりも優しいから、人よりもいろんなことを考えてる。それは悪いことじゃないけど、ちかちゃんはもう少し楽をしてもいいと思うんだ。

「絶対に応援行くからね」
「学校どうするんだよ」
「そんなの休むに決まってるべ」
「成績足りなくなるぞ」
「そんなにバカじゃないよーだ」

ふわりスカートを翻して、重力に任せて坂を駆け降りる。ああ、私、今いつもよりずっと速く走ってる。

「あ、おい!」

走るのは好き。坂道を駆け降りる瞬間は、風にすらなれる気がする。私は、ちかちゃんの力になることも、ちかちゃんが逃げて来れる場所にもなれなかった。

「ちかちゃん」
「ん?」
「勝ってね」

だけどこれだけは変わらない。私はちかちゃんが勝つってことをミジンコ程にも疑ったりしない。たとえスタメンに入ってなくても、コートに立つことがなかったとしても。

「おう」

私は、いつだってちかちゃんのことだけを応援してる。


2017/03/05