合宿明けで部活がオフの今日。烏野高校排球部1年一同は、この辺りの人なら誰もが知ってる遊園地に来ていた。
騒ぐのも人混みも嫌いな月島が、珍しく一緒に遊園地にいる。きっと山口がなんとか言いくるめたんだろう。嫌がる月島を無理矢理絶叫に乗せて、全く恐くないお化け屋敷で驚く日向と谷地ちゃんを見て、何故か水浸しになった影山に焦って。高校に入ってほとんど初めてなにも考えないで笑ってた。

「なーなー、帰る前に観覧車乗ろう!」
「いーねー!」

だからだろう。テンションがおかしくなっていたから、なにも考えずに日向の言葉に同意していた。

並んでる間もみんなで騒いでるから少しもつまんなくない。簡単な手遊びをしたり、しりとりをしたり。しりとりに至っては谷地ちゃんと月島の返しが頭よすぎて笑えない代わりに、日向と影山の返しが面白すぎて酸欠になった。
そうこうしている間に順番が近付いてきたんだけど、思い出したように月島が言い出した。

「乗ってもいいけど、君たちとは乗らないよ」

…いや、今かよ。
なんて思ったけど、私が言うより早く日向が詰め寄ってたから言葉になることはなかった。

「何でだよ!」
「だって君たちうるさいんだもん。別々になら乗ってあげてもいいけどー?」

普段の月島を見てればその返答は充分過ぎるほど納得できた。同時に、月島の言葉を聞いた私の頭は冴え渡った。

ここは私がうまいことやらないといけない場面であると、判断しました!

「私もやだー」
「えー!?」
「あと谷地ちゃんも乗せなーい」
「なんで!?」
「わ、わたしの様に下賤な者は観覧車に乗って人様を見下ろさず、大人しく地上で待っていたらいいと言うことですか!?」
「違うからね!谷地ちゃんあんなのと一緒に乗ったら本当に危ないから、冗談じゃなく死んじゃうかもしれないから!だから安全そうな山口と一緒ね」
「え!!」

山口よ、ネタはあがっているのだよ!君が谷地ちゃんの事を「ちょっといいなー」なんて思っていることくらい、この沙羅ちゃんにかかればズバッとまるっとお見通しなのだよ!

「何名様ですか?」
「ろ…」
「この2人は他人なのでお先にどうぞ!」
「は!?」

人数確認をしてきたお姉さんに、私は影山と日向に答えられるより早く言ってやった。結果2人は大人しくクラシカルで可愛らしいゴンドラに押し込められるしかなかった。
押し込めておいてなんだけど、男子2人で観覧車とかどんな気持ちなんだろう。

「お2人様ですか?」
「はいっ」

まぁ考えるまでもなく早速騒ぎ始めた2人だけど、ナチュラルスルーしたお姉さんのメンタルはかなり強固だと思う。動じることなく人数を確認してきたお姉さんに、多少強引ではあるけど月島の腕を無理矢理引っ付かんで返事をした。
谷地ちゃんと山口なら大丈夫だろうけど、月島大好き山口のことだから油断はできない。もしもここで月島にくっついて一緒に乗ったら意味がない。

テンパってる山口とたぶん焦ってるだろう谷地ちゃんに、にやける顔を引き締めることもままならないまま手を振って、私は観覧車を楽しむことにした。

「…お節介」

私の行動の理由を、月島はちゃんとわかってたらしい。

「どーするかは山口次第だよ」

あの2人がいたら発展もなにもなさそうだし。私いい仕事したわー。

「意外と見てるんだね」
「いや、あれはわかるって」

月島と適当な会話をしながら、山口と谷地ちゃんどうしてるかなーとか、1つ先にいる2人はうるさいなーとか思いながら、それなりに景色を楽しんでいた。

だけど、私はすっかり忘れていたのだ。自分が高所恐怖症であることを。

「…チョット、急に静かにならないでよ」

ほんの数分前まで落ち着きなく外を見ていた私が動かなくなったからか、月島がいぶかしげに声をかけてきた。

「…別に」

思い出したのは、時計で言うならちょうど9時の辺り。気付いてしまえばもう外を見る余裕なんてものはどこにもない。もっと言うなら、先の2人も後の2人も気にしていられない。うっかり野次馬魂で下のゴンドラを見てしまったのが敗因だ。高度があがって風で揺れるのも怖い。

なんだよただのバカかよ。

「はしゃぎすぎて気分悪くなったとかヤメテよ?」
「それはないから大丈夫」
「でも顔色悪すぎ」

あの月島が、心配…だと…?
なんてうっかり思ってたら、月島の野郎、体重移動しやがったのか不意にゴンドラが揺れた。

「ひゃっわああああああああ!!」
「は?なに?」

動いた本人は私が叫んだ理由がわからないらしく、不機嫌な顔をされた。

「しっ!シットダウン!ウェイト!ドントムーブ!」
「は?」

お、お前でかいからちょっと動くだけで揺れるんだよバカ!

「…まさかとは思うけど、」
「やめて!皆まで言うな愚か者!」
「…バカなの?」

賢い月島はわかったらしい。次の瞬間にはすっごい呆れた顔された。悔しい。

「これってそんなに恐いものだったっけ?」
「うううううるさい!」
「なんで絶叫は大丈夫なのにこれはダメなの?」
「わかんないけどなんかダメなの!」

小さいときは観覧車が好きだった。遊園地に来たら乗らなきゃ帰らないって騒ぐくらいには。それが、いつからか急に怖いものになった。
理由もタイミングも全くの不明。わかっているのは、今の私が高所恐怖症だと言うことだ。

「ふーん…」
「わああああああ!揺らすなバカ!」

なにを思ったのか月島はゴンドラを意図的に揺らしやがった。

「は?少なくとも君よりバカじゃないけど」
「やっやめ…!」

ただでさえ高度があがって風で揺れるのだ。鬼畜眼鏡野郎がそれに合わせて揺らしてくるのだからたまったものじゃない。
ゴンドラの手すりだかなんだかわかんないけど、掴まってもなんにもならない。安心できない。揺れてる中にいるんだから当たり前だ!

「三橋さんって意外な弱点持ってたんだねー」
「やめてって言ってるでしょーが!!」
「っ!?」

人を小バカにする時のあの顔で言う月島がホントウザくてムカついて全力で体当たりした。したらしたで怖かった。つーか怖い。

「ば、ばかじゃないの?!おちっ落ちたら死んじゃうんだからな!」

狭いゴンドラの中で体当たりしたって威力なんてない。精々ちょっと強めのタックル。わかってたけど月島へのダメージはほとんどないらしい。

「は?落ちるわけがないデショ。点検してるんだから」
「でも!絶対なんてないじゃん!もしかしたら上のバカ2人が落ちてきて一緒に落ちるかも知れないでしょ!?」

なんてことなく話す月島に引っ付いたまま、私はゴンドラの地べたに座り込むこともできず妙な体制を維持している。

「それもないから」
「言いきれないもん!」

ああ、でも時間的に頂上近くにいるのかな。それならたしかに2人が落ちてくることはない。風の音がして、ゴンドラが金属特有の音を立てて揺れる。
でももう動けない。自分が動くときに揺れるのすら堪えられない。立ったら月島の向こう側の景色見えちゃうのもヤダ。目閉じて立つとかもっと無理!怖い!

「大丈夫だから」

一時のテンションに身を任せるからこんなことになるんだ。日向に乗せられたからいけないんだ。今日の夢に見たらどうしよう…落ちる夢とか、そんなの怖すぎる。死んじゃう。

「座ったら?」
「い、今無理…」
「しょうがないから、このままくっついてるの許してあげるから」
「すごく助かるけど動くと揺れるから無理」

いや、正直今怖いのと体制キツいので足震えるしゴンドラは揺れるしでかなり辛いけどどうにも動けないんだよ!怖いんだよわかって!

「…はぁ」
「あ、わ!なになになにやだやめて?!」
「別になにもしないから大人しくしてて」

急に月島が立ち上がってなにかと思ったら、そのまま私を押して座らせてくれた。月島はそのまま隣に座ったらしい。その間も座ってからも、本当に私を引っ付けたままでいさせてくれた。
なんだ、いいやつか。いつもひねくれたことしか言ってないけどいいやつなんだな。1年の救いは山口と谷地ちゃんだけかと思ってたからびっくりだね。

「自分の苦手なもの忘れるって相当のバカなんじゃない?」
「それは思った」

どうしてこんな大切なこと忘れてたんだろう。テンションって怖い。一時のテンションに身を任せると後悔することになるってちゃんと覚えておこう。

「三橋さんこそ、あの2人と乗ったら大変なことになってたよね」
「うん。一緒に乗ったのが月島で本当によかったよ」

なんだかんだいいやつだし、月島でよかった。
外を直視なんてできなくて相変わらず月島にしがみついてる私は邪魔でしかなかっただろうけど、状況が状況だからか月島も突っ込んでこなかった。

「ホラ、そろそろ平気なんじゃない?」

どれくらい時間がたったのかはわからないけと、月島に言われてそろりと顔をあげると、なんとか大丈夫そうな高さまで降りてきていた。ゴンドラを吊るす支柱から予測するに、たぶん3時の辺り。

…うん。大丈夫そう。

「ありがとう」
「どーいたしまして」
「あ、でも動かないで。揺れる」
「三橋さんって思ったより図々しいね」
「怖いんだから仕方ないでしょ」
「はいはい」

バレちゃったから隠す必要もないしね。
落ち着いてみれば、いつの間にか正面に私の鞄が座ってる。さっきパニックになる前は膝の上にあったのに、どこ行ったのかなーなんて考える余裕もなかったけどね!あんなちゃんと椅子の上に乗ってるのは意外だわ。

「ちなみに鞄は普通に落ちてたからね」
「月島が乗せてくれたの?」
「だって三橋さん踏みそうだったし。踏んだら壊れるんじゃない?」
「たぶん携帯壊れてた。ありがとう」

地面が近付いてきてようやく怖さがなくなってきたのがわかったのか、月島は正面に移動して鞄を渡してくれた。

「もう平気デショ」
「うん」

正面に座った月島の服は、一部シワがよってる。そんなに強く掴んでた覚えはないけど、間違いなく私が握ってたんだろう。だってさっきまでシワなかったと思うから。
正直、月島の服なんて見てなかったからわかんないけど。

「ありがと」
「別に」

普段月島の憎まれ口に対抗してばっかりだから、こうなるとちょっと気恥ずかしい。1人だったらパニック起こしてたかもしれないから、本当に思ってることだけどね。
それでも服のことは自分から突っ込んで言えそうにはない。確証ないし!

「みんなにはナイショにしといてね」
「どうしようかなぁ」

くっそ!腹立つ!いいやつかと見直したのにすぐこれだよ!これだから月島は!
いいし。言いふらしたら部活の時その眼鏡めっちゃ触りまくるから。スポーツグラスの方も触るから。帰るときに苦労するがいいさ。

「おかえりなさーい。楽しめましたか?」

そんなお姉さんの声には定型文を返しておいた。思い出したら山口と谷地ちゃんが気になって仕方ない。

一足先に地面にたどり着いた日向と影山を見ると、日向のテンションが相変わらずおかしい。飛びながら手振らなくていいよ、見えてるから。

「三橋さん!上から見るとすっげーキレイだったよな!な!」
「うん。だんだん日が沈んで、イルミネーションきらきらだったね」

嘘じゃない。地面から離れて見た感想だから全くの嘘ではない。後ろで月島が吹き出してたけど無視した。言わないなら、許してやらんこともない…しかしバラしたら眼鏡触るからな!
目一杯体を動かしてよく分からない擬音で話してる日向を見ると、親戚の子供を思い出してほっこりする。怖かったのも月島にバレたことも今だけは忘れよう。

「あ!谷地さーん!」

私がひたすら頷いてるうちに、谷地ちゃんと山口も戻ってきたらしい。

「すっげーキレイだったね!」
「え?あ!うん!そうだね!すごくびっくりした!」
「え?」
「ああああ違くて!あんまり綺麗だったから!」

なんか谷地ちゃんがすごく挙動不審。
もしかして山口?!山口が男を見せたの?!

「そろそろ帰らないと遅くなるんじゃない?」

テンションが天井なしにあがる日向と焦る谷地ちゃんに固まる山口、詳しく話を聞きたい私、あと影山はバレーしたいとか思ってるんだろう。とにかくまとまりのない私達を次の行動に移すべく月島が動いた。
イルミネーションが見れるってことは、少なくとも日が沈んでるってこと。それすなわち、帰宅時間。

「そっか!」
「谷地さん時間大丈夫?」
「お母さんに日向達といるって言ってきたから大丈夫!」
「そんなに信頼されてるの?」
「バレーしてぇ」
「影山お前やっぱりそれ考えてたか」

帰るときでもまとまりなんて少しもない。それぞれが好き勝手してる。それでもなんとなく一体感があるんだから、部活仲間とは不思議なものだ。

「あの、沙羅ちゃん」
「なに?」
「ちょっとよろしいでしょうか」

なぜか入り口まで競争になったらしい日向と影山を眺めてたら、谷地ちゃんがこっそり話しかけてきた。山口は相変わらず月島に話しかけてる。
山口、ここは谷地ちゃんと話して親交を深めるべきだと私は思うんだよ。

「うん」

まぁ話しかけられて拒否するような理由もないから話すけど。

「さっき偶然見てしまったのですが…」
「うん?」
「あの、観覧車で…」

はいダウト!じゃない!なんだっけ!なんかこんな時に言う言葉あったと思うけどわかんない!

「み、見た…?」
「す!すみません!お2人がそう言う関係とは気付かずに…!」
「ん?」

そーゆーかんけー?

「いや!違う違うっ」
「へ?」
「あー、私もさっきまで忘れてたんだけどさ、実は高所恐怖症で」
「そうなの?」
「うん。月島がそれに気付いて揺らすから体当たりして止めたんだけど、結局怖くなって動けなくなって…」
「それで月島くんが隣に座ったと…」
「そんな感じです」
「高いところなんて行く機会ないもんね。忘れちゃうよ!」

谷地ちゃんマジ優しい。ホント天使だよ。

「都会だったらビルとかあるから忘れないのかな?」
「そうかも!」
「あ、これ内緒にしておいてね」
「うん、いいよ」
「別に隠さなくてもよくない?」
「ひぇよあ!?」

いきなり話に入ってきた月島に、谷地ちゃんがビックリして変な鳴き声してた。

「いきなり来ないでよ」
「そもそもなんで隠すの?」

無視か!

「別に隠す意味がわかんないんだけど。谷地さんもそう思わない?」
「でも、私は苦手なものってあんまり知られると恥ずかしいって思っちゃうかも」
「たしかに、三橋さんが高所恐怖症って意外だったかも」

山口にもバレてる!

「別にバラした訳じゃないから」
「山口ならいいよ」

谷地ちゃんと一緒にいたから、説明しないとダメだったろうし…うん。いいよ。山口は良いやつだから。

「ああでも!今日の谷地ちゃんはいつも以上にかわいかったよ!」
「沙羅ちゃんもすっごくかわいかったよ!」

雑なお化け屋敷にビックリしたのか日向にビックリしたのかわかんなかったけど。

「そう言うことだよ」

月島の言ったことがわかんなくて、3人で首を傾げた。

「ちょっとくらい苦手なものがあった方がちょうどいいんじゃない?」

月島が、フォローしようとしてる?

「ただでさえ三橋さん女子っぽくないし」
「おま、言わせておけば…!」
「高いところで怖がってるくらいの方が、三橋さんはかわいいんじゃない?」

…は?

フリーズした私達を置いて、月島はさっさと先に行ってしまった。
1番早く正気に戻った山口が走っていって「ツッキー今のどういうこと!?」なんて聞いてるけど、そんなことはどうでもいい。月島お前突然どうした。そんなキャラだったか?

「谷地ちゃん」
「はい」
「あれ、月島?」
「私には月島くんに見えるけど、」
「おかしいよね」
「うん、月島くんでもあんなこと言うんだーって思った」

そうだよね。いつも憎まれ口ばっかり叩いてるもんね。いきなりなんであんなこと言ったのか、皆目検討もつかないぜ。

「やっぱり、月島くんみたいな人でも好きな子にはそういうこと言いたくなるのかな」
「…は!?」

なにそれ!?

「え?あ!今のなし!」
「ちょっと待ってどういうこと?!」
「私がそう思っただけだから違うかもしれないからごめんなさい!」
「謝らなくていいから!大丈夫だから!ちょっと詳しく!」
「ええええ!!」

だって、ないでしょ!あの月島だよ?!ないない!
そう思ったから聞いたのに、

「なんと言いますか、さっきの月島くん、なんかすごく心配そうと言うか気遣わしげだったし、一緒に座った後も優しい顔してたから…だからその、お2人はそういう関係なのかと思ってしまったわけでして」

谷地ちゃんから聞くのは、攻撃したはいいけど怖くなって動けなかった間の、私の知らない月島。

「それに観覧車降りた後の沙羅ちゃんと月島くんがあんまりにも自然と隣にいるから、なんとなくお似合いだなーって…勝手に私が思っただけなので!本当はどうかわからないです!」
「や、うん、そうだよね」

なんだそれ。そんなの全然知らないし、今までそんな感じじゃなかったじゃん。

「ちょっと、いつまで喋ってるの。バカ2人が喚いてるだろうから早く行くよ」
「ひぇえ!シャチ!」

よく考える時間も谷地ちゃんに聞く時間も、月島に急かされたからそこで話は終わるしかなかった。

「チョット、最後の最後に迷子にでもなりたいの?」

呼んだくせに月島こっちくるし!
私が早足で歩いても、そもそものリーチが違いすぎるから簡単に追い付かれる。

「迷子になっても帰れるから平気だもん!」
「遊園地から1人で帰るとかカワイソー」
「もう!月島うるさい!」

月島の真意なんてわかんない。私も谷地ちゃんも直接聞いたわけでもない。それなのに、谷地ちゃんに言われたことが頭の中でぐるぐるする。

谷地ちゃんと山口のためになればと思ったのに、どうやら私が自分の首を絞めるきっかけを作っただけだったらしい。


2017/05/09