11/08

「悟空ーそろそろ起き、て…」

扉を開けた青年は、我が目を疑った。そして扉を閉めた。

「おかしいですね」

首を傾げてもう一度扉を開くが、光景はまったく変わらない。
この部屋にいたのは、茶髪の少年だけだったはず。
しかし、どうだろう。今その少年は、長い黒髪を遊ばせた少女を抱き枕のように抱えて眠っているではないか。

「(おかしいですね。昨日の夜誰かが来た気配はなかったんですが…)悟空、そろそろ起きてください」
「ん〜」

声をかけても、うるさいと言わんばかりに抱えていた少女をきつく抱きしめるだけ。
少女は苦しそうに身じろいだが、すぐにその動きを止めた。青年は一瞬驚いたが、呼吸はしているようなので心配はいらないだろう。

「悟空、起きてください。ご飯なくなっちゃいますよ?」
「飯?!」

少年はご飯という言葉に飛び起きた。その時、眠ったままの少女が少年の腕から転げ落ちたが、まだ起きる様子はない。

「はい。ですが、ひとつ聞いていいですか?」
「おう」
「そちらのお嬢さんはどちらさまでしょうか?」
「…へ?」

そこでようやく気付いたらしい少年は、手元で寝こけている少女を眺めた。

「誰だこいつ?」
「知らないんですか?」
「全然」

少年も知らないうちに、誰にも気付かれぬうちに忍び込んでいた少女に二人は頭を抱えた。


「おーい。なにやってんだ八戒。悟空まだ起きねぇの?」
「いえ起きたんですが」
「あ?なに、お前オンナ連れ込んだの?猿もヤるときゃヤるんだな」
「ちげえよ!!」

待ちくたびれたのか、赤毛の青年が部屋に入った時も驚きに目を丸くしていた。…些か品のない言葉が零れていたが。

「起きたらいたんだよ!!」
「無意識に連れ込むくらい溜まってたのかよ?やだーハレンチー」
「悟浄じゃねんだからんなことするわけねぇだろ!!」
「俺でもんな器用なことしねえよ」
「それにしても、よく寝てますねぇ」

よほど深い眠りに就いているのだろう。すぐ横で散々騒いでいる人がいるのに、少女はまだ起きそうにない。

「起きてください」
「起こすの?」
「はい。今のところ害はないみたいですけど、起きてもらわないとなにもわかりませんからねぇ」
「まぁな。つかまだ寝てたのかよ」
「もしこの子が三蔵だったら撃たれてますね」
「こいつの髪八戒より黒いな」
「しかもキレーだしな。枝毛ねぇんじゃね?」
「悟浄、それセクハラになりますよ」
「へーへー」
「目は八戒と同じ緑かな?」
「そればっかりは起きてもらわないとわかりませんね」
「起きろよー」

少年、悟空が少女を無茶苦茶に揺さぶり始めたが、青年二人は止めようとはしなかった。
そうでもしないと起きないと思ったのだろう。

「お前らなにやってやがる」
「ああ、すみません」
「お猿ちゃんがオンナ連れ込んだんだよ」
「ああ?」

法衣を着ているのに何故か金髪の歳若い僧侶が部屋にきた。
言われてベッドを見ると少女を起こそうと必死になる悟空が見える。

「あ、三蔵」

無言で近付いたかと思えば

「起きろ」

どこからかハリセンを取り出しおもいきり叩いた。

「今のちょー痛ぇ音だぞ」
「あれならきっと起きてくれますね」

赤毛の青年悟浄の言葉に、黒髪の青年八戒はあれくらいなんでもないと言わんばかりに爽やかな笑顔で叩かれた少女を見ていた。

「…ん…ぐ…いたい…?」
「起きろ」

覚醒しきっていない頭を揺らしながら、ようやく少女が体を起こした。

「わぉ。ダイタン」
「ちょっと失礼しますね」

布団に入っていた為わからなかったが、少女は浴衣で寝ていたらしく揺さぶられたこともありひどく着崩れていた。
八戒がなんとなく直してやっても少女はあいかわらず船を漕いでいる。
そんな頭にもう一度ハリセンが落ちた。

「痛いんですけど…人の頭パカパカパカパカ叩いてアンタそれでいいと思ってるの?その頭禿散らかしてろよハゲ」

ようやく起きたかと思ったら、寝起きの呂律の危うい言葉で悪態を吐いた。

「口悪っ」
「寝起き悪っ」
「起こす苦労に加えて精神的な攻撃を受ける分、三蔵より厄介ですね」
「これと一緒にすんな」

眠い目をしきりに擦る仕種は幼さすら感じる。

「おい。貴様はどこからきた」
「お家」
「家はどこにある」
「そんなの東京に決まってるじゃん」
「トーキョー?ってどこ八戒」
「さぁ…僕は聞き覚えがありませんね」
「まだ寝ぼけてんだろ」
「狙いはなんだ」
「ないよーそんなのー」

質問を投げかけ返答を返すその行為は違和感かないが、金髪の僧侶の手には小さな銃が握られ、銃口は今だ覚醒しきらない少女に向いている。

「ちっ…貴様名前は」
「…はなこ」
「嘘ですね」
「俺でも嘘だと思う」
「猿にもわかる嘘かよ」
「真面目に答えろ。殺すぞ」

僧侶とはとても思えない言葉だが、実際銃口をむけられてそんなことを言われたら少なからず恐怖するだろう。
しかし、少女はずっと擦っていた目から手を離しその瞳に四人を映したのち、銃口に自ら頭を押し付けた。
そして出てきた言葉は、先程の幼い動作からはおよそ想像もできない重いものだった。

「なら…殺れば?」

きっと綺麗な光を宿しているだろうと思っていた瞳は暗く濁り、眠気とは違う虚ろな目にはなにも映していなかった。
その言葉に答えるよう撃鉄がカチリ、音を立てた瞬間だった。

「やめとけ」

撃鉄が火薬を弾くより早く指を滑り込ませ小さな銃を包むと、誰かの手が下げさせた。

「なんだクソババア」
「相変わらず気が短いな」

ニヒルな笑みを浮かべたその人は、やたら透けた衣を身に纏い、豊かな胸を惜し気もなく晒している。
その一歩引いた隣には控えるように爺が控えていた。

「お久しぶりです、観音様」
「なんできた?」
「こいつを殺されたら困るんだよ」
「ババアが連れ込んだのか」
「俺じゃねえよ」
「じゃあ誰が」
「こいつが自分からこっちにきたんだよ。意識してねぇだろうけどな」

何も映さない瞳をぼんやりと宙に投げたまま黙っていた。

「#name1#」
「なに?」

名前を呼ばれた瞬間、少女の瞳に光が宿った。

「自己紹介」
「#name2##name1#18歳。好きなことは寝ること、嫌いなことは音がないこと。以上…で、どちらさま方ですか?」

言われるがままに自己紹介をしたが、まったく状況を飲み込めていなかったらしく、首を傾げながら逆に問い掛けた。

「おい。自分からここにきたんじゃなかったのかよ」
「だから無意識だったんだよ」
「俺孫悟空!お前キレーな目ェしてんなっ」
「え?あ、ありがとうございます?」

今の#name1#の瞳は、寝起きに見た瞳とはまったく違い幼い動作に裏付けされたような純粋な色をしていた。

「沙悟浄ってんだ。よろしくな#name1#チャン」
「僕は猪八戒と言います」
「ありがとうございます…?あの、金髪さんと…おねぃさんは…」
「俺か?」
「この方は観世音菩薩様にあらせられます」
「観世音菩薩…神様?」
「おう」
「私は二郎神と申します」
「はぁ」
「あの金髪は玄奘三蔵だ」
「ありがとうございます」

ぶつぶつと口の中でそれぞれの名前を繰り返していた#name1#は、思い出したように言葉を放った。

「ここはどこですか?」
「桃源郷だ」
「ふぅん」
「お前はこいつらと一緒に西を目指せ」
「は?」
「断る」
「ちょ」
「却下連れてけ」
「断る」
「連れてけ」
「…あの、私に拒否権は…」
「ないですね。あの人達のことですから」
「諦めろ」
「#name1#も一緒に行くのか?」
「そうなるでしょうね」

菩薩と三蔵の言い合いになった外でこんな会話があったなんて、言い合う二人は知るよしもなかった。

「#name1#」
「なんですか」
「持ってけ」

そういって菩薩がつきだしたものは

「…刀?」

白く塗られた白木造りの鞘に収まった長刀だった。

「俺の昔の知り合いで剣舞をやってたやつのもんだ。一応使えるし、これから戦闘は避けられねーからお前にやる」
「刀なんて私に使えませんて」
「お前にしか使えねぇから安心しな」
「(なにを安心しろと?)」
「ずいぶんと長い刀身ですねぇ。#name1#さんが一息で抜くには難しいのでは?」
「んな心配しなくても大丈夫だって。なぁ…」
「はぁ」

刀の割に軽いそれを少しだけ鞘から抜いて見た。

「うわぁ…」
「おや」
「こりゃあまたずいぶんとキレーなもんだな」
「真っ白だ」

すっかりそれに目を奪われた#name1#は無意識に刀を抜いていた。
その時、長い刀身を一息で抜いていたことは、離れて見ていた三蔵と菩薩しか気付いていなかった。

「これ、桜の彫り込みが入ってる」
「切っ先から柄までずっと入ってますね」
「この辺じゃあんまり見ねぇ形だな」
「そりゃあ東の島国の刀がモデルに作られた物だからな。いろいろ使ってみて、一番扱いが難しいが、友達を助けるのに都合がよかったんだとよ」
「へー」
「これ、使った方が綺麗なんだろうなぁ」
「なんで#name1#ちゃんはそう思ったんだ?」
「え、その、彫り込みが血で埋まって真っ赤な桜が咲くのかなぁと思ったので」
「確かに真っ白よりキレーかもなっ」

音も立てずに鞘に納めると、#name1#は菩薩を見た。

「これください」
「だからお前にやるっていってんだろ?気に入ったか?」
「はい」
「お前チビだからな、背負っとけ」
「了解です。ありがとうございます、観…世音菩薩」
「呼びやすいように呼んでかまわねぇよ」
「ありがとうございます。で、私はこれからどうすればいいんですか?」
「こいつらと一緒に行け」
「いいんですか?三蔵さん」
「…てめぇの身はてめぇで守れ。いいな」
「了解です。死んだら捨て置いてください」

面倒そうに返されたきつい言葉に、それ以上にきつい言葉で返した#name1#に三蔵を始め目を見開いた。

「あ、やっぱり骨くらい拾ってください。できたら食べてください」
「え」
「最後は嘘です」

この服だと動くの面倒だなぁやらお前背ちっちぇーななんて言葉を聞きながら、三蔵は#name1#を見ていた。

先程ちらりと菩薩に聞いた限り、戦うことに慣れてはいないはずだというのはわかった。刀は疎か、戦闘すら身近ではほとんどなかった世界から来たと。
しかし、身の丈の半分以上もある長刀を一息で抜いて見せたり、音も立てずに刀を納めたり、刀の扱いに慣れた動きを見せる節がある。

そして僅かに感じる法力のようでより高貴な氣。
もちろん菩薩も気付いているはずだが、これに関してはまったく触れずに話を切り上げてしまったのでわからず仕舞いだ。

「そうだ、これやるよ」
「ピアス?」
「あいてんだろ?」
「左に一個だけ」
「じゃあ右もあけてやる。動くなよ」
「いやいいっていったあ!!」
「よし」
「よしじゃねぇっすから。痛いんですけど」
「これはもらっとくぜ」
「まぁいいですけど」
「あとこれつけとけ」
「仏像がつけてそうなバングルですね」
「外すなよ?」
「了解です」

白い薔薇のピアスに白い薄く太さのあるバングル。
感じる氣は妖力とは違うものだが、外すなと言ってることから察するに、どれも妖力制御装置なのだろう。

幼い仕種には似合わないそこらの大人よりも冷めた考え。人間であるにも関わらず着けられた妖力制御装置。
とことんよくわからない小娘だと三蔵は煙草に火をつけた。

「じゃあ俺は帰る。内緒できたからな」
「騒ぎになってなければ良いのですが…」
「大丈夫だろ。じゃあまたな」
「はい。またね、観」
「次は茶ァくらい出せよ」
「知らん」
「善処します」

まばゆく光ると、そこに菩薩と二郎神の姿は消えていた。

「つかまたくんのか」
「三蔵、出発延期しますか?人数が増えたから昨日買った分だけじゃ足りない気が」
「好きにしろ」

許可が降りたことにより、騒ぎはじめた一同を無視して三蔵は部屋を後にした。


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