ほんの少しだけ前の話をしよう。
私が木兎さんを初めて見たのは、担任から同じクラスだった赤葦にプリントを渡してほしいと頼まれた先の体育館だった。
赤葦のことはなんとなく耳に馴染まない名前だったから男子だったなってことはわかったんだけど、正直部活までは知らなかった。行き先を聞いて任されたプリント片手に体育館を覗いたとき、ちょうど休憩中だったのを覚えてる。
運動部の雰囲気に慣れなくて、どうやって赤葦を呼ぼうかなって思ってたら偶然木兎さんが入り口にいた。
こんな偶然が、私と木兎さんの初めての出会い。
「あれ?見学?マネージャー?」
「いえ、あの、赤葦くんにプリントを渡したくて」
「そーかそーか!赤葦今監督と話してるけどどーする?ついでに見学もしてく?俺スッゲースパイク決めるよ?」
「え、あの、」
「木兎ー、なにしてるのー?」
やたらテンションが高かった木兎さんに話しかけられて困ってたら、ゆきえさんが助けてくれたんだった。プリントを渡して帰ろうと思ってたのに「よかったら見学していって」なんて先輩から誘われたら、断れないよね。
それで言われるがままに見学したら、そりゃあもうすんごいの見ちゃった。宣言通りのすっごいスパイク。
あれは間違いなく運命だったんだと信じてる。だってあの日担任から頼まれなかったらバレー部に行かなかったし、木兎さんに会うこともなかったと思う。ああ、でも結局は木兎さんのこと好きになってたのかな。だってエースだし、試合を見ればどうしても目につくもん。
「あれ?榊さん?」
「赤葦くん、」
「またなにか頼まれた?」
「そうじゃないんだけど、あの、練習の見学しても大丈夫?」
「見学?ちょっと待って、聞いてみる」
そうして見学を始めて、あれよあれよと言う間に遊びに来ては練習の手伝いをするようになった。
「大丈夫?」
「はい!」
進められて始めた手伝いと言っても、部員の名前なんて全然わかんない私にできることはタオルを渡すだけだったけど。
「あれ?お前また来てたんだ」
「お邪魔してます」
「…靴は?」
私の足元を見た木兎さんが不思議そうな顔をした。
「昨日洗いに持って帰ってて、だから今日はないです」
「手伝うなら体育館履き持ってこい」
怒鳴ったりはされなかったけど、明らかに怒ってた。
「ボールが飛んできたりして危ないんだぞ。靴下じゃ滑るし、いざってときに避けらんねぇだろ。お前が怪我したらみんな心配すんだからちゃんと靴持ってこい」
木兎さんが言うことはもっともだ。だから今日はゆきえさんかかおりさんが側にいてくれたのかと、この時合点がいった。
だからと言ってあまり親しくない人から怒られたのは初めてのこと。と言うか、いつも怒られてばっかりな木兎さんが怒ることもあるのかと、失礼ながらびっくりした。
「はい…すみません」
「ちょっと木兎ー!言い方があるでしょー?」
「だって危ないだろ?」
「あの、ご迷惑おかけしてすみません」
「そんなことないから気にしないでー。今日はいいよ、また次来るとき気を付ければ、木兎も怒らないから」
持っていくようになってからは、ゆきえさん達も少し安心したのか簡単なものなら私1人で手伝うこともさせてくれた。
「榊ー!」
「木兎さーん!頑張ってくださーい!」
「今日も見てろよー!」
「はいっ!」
それからは赤葦に色々聞いて、出来る限りの努力を尽くした。
出来る限り全部の応援に行くために、1つの赤点もとらないよう勉強だって頑張った。普段は木兎さんの視界に少しでも入れるように、移動教室の時は少し遠回りをした。
約1年程、こうして私の世界は木兎さん中心に回ってたと言っても過言ではなかった。
それが予期せずうっかり失恋したものだから困った。いや、いいんだけどね?心の準備がしたかったよねぇ。
「いつ行こうかなぁ」
おかげさまで新学期になったと言うのに、ふとした瞬間木兎さんの影を探してる自分がいる。
もうここにいないことはわかってるのにね。