星の衝突
風が冷たくなってきた頃、思い出したように梨恵に聞かれた。
「なんでいきなり髪切ったの?」
今更すぎるけど、あの時の梨恵は珍しくおとなしく引き下がっててくれたと思う。
「暑くなるから」
「嘘!」
確かにあれは嘘半分。
「ねぇ透子ー」
「やだ。梨恵笑うもん」
「笑わない!笑わないからー!」
「誰かに言うじゃない」
「言わないよ!言ったことない!」
そうね。確かに梨恵が意識的に言ったことはない。でもいつの間にか広まってるの。あなた隠し事とかできないじゃない。だから
「言わない」
「透子ー」
「俺も気になる」
朝練を終えたらしい赤葦くんが話に入ってきた。
「ほら!赤葦くんも気になるって!」
「やだ。言わない」
「いじわるー!」
赤葦くんが戻ってきたと言うことは、梨恵はそろそろ戻らないといけないと言うこと。
「ほら、もう時間になるから」
「絶対!聞くからね!」
安い捨て台詞を残して梨恵は時計をみると全力で走っていった。
「…で、なんで切ったの?」
「赤葦くんには絶対言わない」
「吉田さんはいいの?」
「よくない」
こんなこと、誰にも言えるものか。あの時はわかってなかったけど、今考えると理由がものすごく恥ずかしすぎる。墓場まで持っていかないといけない。
「学校では名前呼んでくれないの?」
「教室でなんてムリ」
「じゃあ教室じゃなかったら呼んでくれる?」
「他の人がいなければ」
他の人がいなければたぶん大丈夫。文章のやり取りはなんとか名前でできるようになったけど、声に出すなんて、ムリ。
「じゃあ透子が慣れてくれるのを待つか」
そのくせ、赤葦くんはあの日からすぐに名前で呼ぶようになってしまった。石原さんたちがその度にニヤニヤしててやだ。最近は男子もそんな感じ。すごくやだ。
「本当になんで切ったの?いきなりだったよね?」
「そんなに気になるの?」
「うん。だって髪長いの好きだったから」
「…そ」
これが、理由だったりする。
赤葦くんが友達と話しているのが、偶然聞こえた。女子でもよくある、どんな人がタイプかってやつ。男子が話してる時、席が近かったからホント偶然なんだけど、聞こえてしまったのだ。赤葦くんが「黒髪の長いコ」と言っていたのが。
もちろん他の男子からもその意見はあったし、細かく「このくらいの長さで色はー」とか言ってる人もいた。だけど赤葦くんの声でそんなことが聞こえてしまったものだから、私としてはたまったものじゃなかった。
わかってる。気付いてなかっただけで、これは完璧にソレだって今ならわかるけど、そうじゃなかったら髪切ったりなんかしなかったんだろうけど!
無意識に少しでもずれてやろうと思ったとか、ホント恥ずかしい。
「体育の時、尻尾ができるの好きだったんだけどな」
確かに、体育の時は結んでた。
髪まとめないで体育とか、自殺行為に近い。ついでに言うなら、屋外で描いたりするときも、髪が絵の具に触れてうっかり画面を汚さないように結んでた。
「でも、短いのも好き」
赤葦くんの不意打ちに目眩すら感じた。
「なんで?」
努めて平常心を意識した。表情に出なくても、他の部分に出てしまうかもしれないから。もしそんなことになったならば、とてもではないけど話していられない。
「透子だから」
ああ、もう。
「髪が長くても短くても関係ない。俺は髪で透子を好きになった訳じゃないから」
誰か私の代わりに白旗を上げて。
2016/12/12